まず、水の音。柄杓が桶に触れる音。次に、静寂。
神田の湯屋「亀の湯」で、閉め前の掃除を任されていたのは、お駒という若い湯女だった。客がすべて帰った後、板場を洗い、湯を落とし、灯りをひとつずつ消して帰る。掃除は、思いのほか長くかかる。すべてが済むころには、外はすっかり静まり、聞こえるのは井戸端の水の音だけになる。
ある晩、その静寂の中に、低く歌う声が混じった。男湯の方から。お駒は、客が居残っているのだと思い、声をかけに行った。だが、湯気の残る板の間には、誰もいない。ただ、白い湯気だけが薄く漂っている。柄杓が、壁に掛けたままの位置で、静かに揺れていた。
歌は、古い調子のもので、節がゆっくりとしていた。どこか船唄にも似ている。お駒はしばらく戸口に立ったまま、黙ってそれを聞いた。怖いというより、なぜか懐かしい。歌が終わると、湯気の向こうで、何かがゆっくりと湯に沈むような、小さな水音がした。
主人に話すと、この湯屋には、湯当たりで亡くなった年寄りの客がいたと聞かされた。雨の日も風の日も欠かさず通っていた客だったという。「あの人は、いつも同じ歌を口ずさんでいたよ」
それからも、お駒は時折その歌を聞いた。聞こえた晩は、掃除の手を止めて、歌が終わるのを待ってから帰るのが、習いになった。
ある晩、いつまで待っても、歌が聞こえなかった。掃除を終え、灯りを消しながら、もう一度だけ男湯を覗いた。湯気も、声も、何もなかった。それ以来、歌は二度と聞こえなかった。
だが、後になって、古くからの客の一人から、別の話を聞くことになった。あの年寄りは、湯当たりで亡くなったのではなく、閉め忘れた戸のせいで、誰にも気づかれぬまま、二晩も湯の中に沈んでいたのだという。見つかったときには、姿がひどく変わってしまっていたと、客は声を落として言った。
お駒はそれを聞いてから、あの歌を聞くたびに感じていた懐かしさが、少しだけ違う色を帯びるようになった。それでも、お駒は歌を聞くことをやめなかった。
湯屋の掃除をするたびに、あの歌の調子だけを、今も小さく口の中で思い出している。
誰もいない板の間で、一人分だけ歌を覚えている自分のことを、お駒は特に不思議には思わなくなっていた。