一つ目の願い。深川の古道具屋で買った小さな漆塗りの箱に、貧しい大工が「腕がもっと良くなりますように」と願った。翌日から、仕事は驚くほど早く進むようになった。だが、あまりに早く終えるので、周りの大工たちから、手抜きをしているのではないかと疑われるようになった。腕は良くなったが、それを誰も認めてくれなくなった。
二つ目の願い。「みんなに、腕の良さを認めてもらえますように」翌日から、評判は一変し、誰もが仕事を褒めるようになった。だが、褒められるあまり、依頼が集中しすぎて、大工は寝る間もなく働かされるようになった。
三つ目の願い。「もう、これ以上仕事が来ませんように」翌日から、依頼はぱたりと止んだ。それどころか、誰も声をかけなくなり、まるで存在しないかのように扱われるようになった。
四つ目の願い。恐ろしくなって、最後にこう告げた。「元の通りの暮らしに戻してください」翌日、大工は目を覚まし、箱を買う前の暮らしに戻っていた。腕はほどほど、評判もほどほど、仕事もほどほどにあった。それに安堵したが、ふと、箱の中を確かめた。箱は空だった。ただ、内側の底に、小さな文字で「願いは、四つまで」と彫られているのに、初めて気づいた。
大工はそれ以来、その箱を誰にも売らず、床下に埋めてしまった。女房は、夫が床板を打ちつけながら、「これで、もう誰も掘り出せない」と、何度も呟いていたのを覚えている。
五つ目の願い、になるはずのもの。それから何年か経ったある日、床下からその箱を掘り出す者がいた。大工の息子だった。息子は、父がこの箱について何も語らなかったことを知らず、蓋を開けて、最初の願いを口にしようとしていた。誰も確かめようとはしない。ただ、大工の孫の代になって、一度だけ、床を張り替える大工事があった。その時、あの一角だけ、業者が「ここだけは触らないでくれ」と、施主から強く念を押されていた。
理由を尋ねられた施主は、「先代からの、たった一つの頼みごとだ」と答えただけだった。