江戸怪談百物語 / 第66夜 / 本所・雨の日

蝸牛の使者

かたつむりのししゃ
灯芯とうしんを一本、消す。

本所のある家に、長患いながわずらいの病人、清兵衛せいべえがいた。雨の晩、清兵衛せいべえの枕元まくらもとに、一匹の蝸牛が現れ、ゆっくりと、枕の上を這っていった。病人の家族は、それを気味悪がって、蝸牛を庭に捨てた。翌晩も、同じ蝸牛らしきものが、枕元まくらもとに現れた。

清兵衛せいべえには、遠く離れた土地に嫁いだ、腹違いの妹がいた。長年、折り合いが悪く、二人は何十年も会っていなかった。近所の物知りが、蝸牛を「想いを運ぶ使い」だと教えてくれた。

清兵衛せいべえは、蝸牛が這っていく先を、じっと見ていた。蝸牛は、枕元まくらもとから、清兵衛せいべえが長年しまい込んでいた、古い文箱の方へと這っていった。文箱には、妹からの、もう何十年も前の文が、開けられずに入っていた。清兵衛せいべえは、その文を、ようやく開けてみる気になった。

文には、妹が、折り合いの悪さを詫びる言葉が、丁寧に書かれていた。清兵衛せいべえは、それを、これまで一度も読んでいなかったことに気づいた。読まないまま、恨みだけを抱え続けていたのだった。

家族が、遠方の妹の様子を尋ねに人を送ると、妹もまた、同じ頃に病に倒れていたことが分かった。

その後、清兵衛せいべえと妹は、互いの病が治るのを待って、久方ぶりに、和解のための再会を果たした。

この話について
編者の後書き
蝸牛の殻の筋を数える仕掛けから、蝸牛が這っていく先に、読まれていなかった古い文があるという、道案内としての行動に変えた。数字の一致ではなく、蝸牛の動線そのものが、清兵衛せいべえを未読の文へ導く構成にしている。
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江戸怪談百物語 全99夜
第1夜文使い 第2夜三味線 第3夜湯屋ゆや 第4夜損料屋 第5夜髪結かみゆいい 第6夜蕎麦そば屋台 第7夜質屋しちや 第8夜花火師 第9夜十間店の噂 第10夜花見 第11夜かわたれ 第12夜文字売り 第13夜三人の証言 第14夜絵草紙 第15夜あとを追う男 第16夜借金取り 第17夜祝いの日 第18夜賽の目 第19夜往来切符 第20夜箱の中 第21夜影の分だけ 第22夜夜番 第23夜双子の橋 第24夜最後の客 第25夜百物語のあと 第26夜役者絵 第27夜三つの願い 第28夜聊斎の客 第29夜能面の女 第30夜三つ子の産婆 第31夜忘れ物 第32夜蜘蛛の糸 第33夜永代橋の約束 第34夜影法師の借金 第35夜蔵の中の声 第36夜柳の下の男 第37夜首なし地蔵 第38夜百夜通い 第39夜読めない文 第40夜鏡師の遺言 第41夜羅生門の跡 第42夜変身 第43夜三人姉妹 第44夜狂気の沼 第45夜桶の中の顔 第46夜辻斬りの家 第47夜狐の嫁入り 第48夜虫の音 第49夜千両箱 第50夜消えた花嫁 第51夜耳無し芳一の弟 第52夜蛍の宿 第53夜竈かまどの中の声 第54夜紙人形の恋 第55夜鴉の遺言 第56夜くじの村 第57夜動かない番頭ばんとう 第58夜覚え違いの家庭教師 第59夜寄せ集めの人形 第60夜森の中の疑い 第61夜菊の約束 第62夜葦を刈る女 第63夜双六の果て 第64夜蜃気楼しんきろうの店 第65夜木霊の宿題 第66夜蝸牛の使者今、ここ 第67夜百物語を辞める男 第68夜かかし問答 第69夜氷売りの影 第70夜蝙蝠問屋 第71夜錠前屋の鍵 第72夜提灯ちょうちんの灯り分け 第73夜蟬の宿替え 第74夜紅葉の便り 第75夜百物語の火 第76夜開かずの間 第77夜竹取の後日 第78夜酒呑みの罠 第79夜反物たんものの行方 第80夜蟻の行列 第81夜三日月の刀 第82夜硯の中の海 第83夜駕籠かごの中の声 第84夜金魚の目 第85夜蝶の遺言 第86夜石の記憶 第87夜三味線堀の月 第88夜蜻蛉の道しるべ 第89夜竹箒の踊り 第90夜縄暖簾のれんの声 第91夜提灯ちょうちんの返し忘れ 第92夜百足の忠告 第93夜鶴の恩返しの後 第94夜百物語の百一話目 第95夜影送り 第96夜九十九の灯 第97夜灯芯とうしんの続き 第98夜宮崎の灯 第99夜最後の灯芯とうしん