両国の川開きで花火を上げる玉屋の若い花火師、辰吉には、亡くなった師匠から受け継いだ一つの火薬玉があった。桐箱に納められ、封がしてあり、師匠が生涯で一度も使わなかった玉だという理由も、意味も、辰吉には長い間分からないまま、夏がいくつも過ぎていった。
使うべきかどうかを迷い続けた年月のあいだ、桐箱は仕事場の奥で、静かに埃をかぶり、辰吉はその埃を払うたびに、師匠の無言だった晩のことを思い出していた。
ある年の川開き、思い切って玉を舟に積み、いつもと同じ手順で火をつけたとき、夜空に上がった花火は、丸くは開かず、ゆっくりと、人の顔の形になっていった。目元の皺の具合まで、覚えている通りに。眉の上げ方も、少し困ったような表情も。それは、師匠の顔だった。
花火は一瞬で消え、川面の光もすぐに闇に還っていったが、辰吉の胸の中には、その夜以来、小さなつかえのようなものが、いつまでも残り続けた。
何年か後、師匠の古い知り合いから、辰吉は初めて聞かされることになった。師匠は若い頃、この玉と同じ配合を試した際、手元が狂って大きな火傷を負い、そばにいた弟弟子を一人、亡くしていたのだという。それ以来、師匠はその配合を二度と使わず、あの玉だけを、誰にも渡さずにしまい込んでいた。
辰吉は、それを聞いてから、自分が上げてしまったあの晩の花火のことを、以前とは違う重さで思い出すようになったけれど、それでも、仕掛けを試すことをやめなかった。ただ、以前よりずっと、慎重に手を動かすようになった。
夜が明けると、辰吉は仕事場の掃除から一日を始め、灰を集め、道具を整え、また次の玉の支度に向かう。
その繰り返しの中に、師匠から受け継いだものが、少しずつ形を変えて残っていくのだろうと、辰吉は、今はそう思っている。