日本橋の呉服店に、売れ残った一反の反物があった。誰も買おうとしないのに、店主の忠兵衛は、なぜかそれを処分する気になれなかった。柄をよく見ると、亡くなった一人娘が、生前好んでいた花の模様と、よく似ていることに気づいた。この柄は、忠兵衛の店で長く働く染物職人が、たった一人で染めていた、他にはない配色だった。
ある日、見知らぬ商人から、一通の文が届いた。
越後屋、忠兵衛様へ。先日、手前の店にて、貴店の反物を買い求めさせていただいた者にございます。あの柄は、手前の娘が、生前好んでおった柄と、まったく同じにございました。差し出がましいこととは存じますが、あの柄を染めたのは、いずこの染物師にございますでしょうか。
忠兵衛は、その文を受け取り、血の気が引いた。文にあった店の名は、かつて忠兵衛の店の染物職人が、修業のために一時期身を寄せていた店だった。忠兵衛は、職人の名を書いて、返事を送った。
忠兵衛様。ご返答、確かに承りました。手前の娘も、貴店の娘様も、お会いしたことのないまま、同じ職人の同じ手による、同じ花を、それぞれ愛しておられたということになりましょうか。
会ったこともない二人の娘が、一人の職人の手を通して、同じ花を愛していた。
忠兵衛は、反物がずっと、この巡り合わせのために、売れずに残っていたのだと思うようになった。