この台帳が参照している5名の研究者を、時代順に並べ、それぞれの妖怪へのアプローチを一望できるようにした。個別の詳しい記述は各研究者のページを参照。ここでは、5人がどう繋がり、どこで対立しているかを、私の言葉で総評する。
→ 小泉八雲と妖怪を読む → 寺田寅彦と妖怪を読む → 佐々木喜善と妖怪を読む → 水木しげると妖怪を読む
5人を並べてみると、実は最初に対立が起きていたのが分かる。井上円了は妖怪を合理的に解体して「なくす」方向、柳田國男はそれを民俗の記録として「残す」方向。この二人は、妖怪の擁護と撲滅をめぐって、ほぼ同時代に正反対の態度を取っていた。
柳田の後、その弟子である折口信夫が、柳田とは違う神の姿(まれびと)を打ち出し、同じ師弟関係の中でも見ている場所がまったく違っていた、というのも面白い。定住者を見ていた柳田と、漂泊民を見ていた折口。この分岐は、後の民俗学がどれだけ広い射程を持つかを示していると思う。
宮田登は、柳田・円了の両方を踏まえながら、妖怪を「場所」の問題として再整理し、さらに「都市化した現代にも妖怪は生まれる」という視点を加えた。これは、後の小松和彦の「妖怪は創造され続ける」という考え方に、かなり近いところまで来ている。
そして小松和彦は、柳田の零落論に真正面から反論し、妖怪を過去の残りものではなく、今も生まれ続ける存在として位置づけ直した。井上円了が始めた「妖怪を調べる」という営みが、100年以上かけて、一周してまた別の場所に戻ってきたような感覚がある。
この台帳は、柳田・宮田・小松の「残す・境界・創造」という考え方の上に立っている。ただ、井上円了の「信頼度を切り分ける」という態度も、この台帳の信頼度スタンプの発想の中に、少しだけ混ざっていると思う。5人のうち誰か一人が正しいという話ではなく、対立し合う視点を並べて見られること自体が、妖怪という主題の面白さなんだと思う。
なお、上の年表に支線として示した小泉八雲・寺田寅彦・佐々木喜善・水木しげるは、本業・立場が別にある「隣接する視点」として、この5人とは並べていない。八雲は日本の怪談を英語で再話した文学者、寺田は化物の正体を科学的に説明しながらもその存在意義を認め続けた物理学者、佐々木喜善は柳田に遠野の話を語り、自らも紫波郡等の昔話を採録した人、水木は妖怪の絵姿そのものを決定づけた漫画家。理論を作った5人と、それぞれ違う形で妖怪に関わった4人。この9人を並べて見られること自体が、妖怪という主題の懐の深さなんだと思う。