編者による創作。常利己の計算で出た数値を、一人の人物の四十年として書いた。実在の人物・企業とは関係がない。
二十五歳。彼には友人が二十人いた。
四人は、金を貸してくれと言えば貸してくれる相手だった。残りの十六人は、金の話をしたことがない相手だった。両者の違いを、彼はまだ知らなかった。
最初の選択は、二十七歳の会議だった。同期の立てた企画が通りそうになったとき、彼は補足を求められ、こう答えた。「そこは私が詰めました」。嘘ではなかった。彼は数字を二つ直していた。ただ、企画そのものは同期のものだった。
会議の後、同期は何も言わなかった。それきり、飲みに誘われなくなった。
三十歳で係長になった。同じ年に子が生まれた。妻に「これでやっていける」と言った。妻は「よかったね」と答えた。
三十五歳。課長。部下が七人ついた。彼はその七人を、名前ではなく機能で呼ぶようになった。企画に強いのはあいつ、数字はあいつ、頭を下げに行かせるならあいつ。そのやり方は効率がよく、部の成績は上がった。
ここまでの彼は、有能だった。これは事実である。担当者としての彼は、資料を作るのが速く、数字に強く、相手の弱点を見つけるのが上手かった。だから昇進した。会社は正しい判断をしている。担当者として優秀な人間を、担当者のまま置いておく理由はない。
この年、友人の数は二十三人だった。増えていた。
ただし内訳が変わっていた。金の話をできる相手が九人に増え、金の話をしたことのない相手が十四人に減っていた。彼はその減少に気づかなかった。合計は増えていたからである。
四十二歳、部長。ここで彼は、自分の判断がほぼ通ることに気づいた。会議で反対されない。案を出せば、そのまま通る。彼はこれを、自分の判断が正確だからだと考えた。
同じ時期、妻が「あなた、最近人の話を聞かないね」と言った。彼は「聞いているよ」と答えた。それは事実だった。彼は聞いていた。ただ、聞いた後に何かを変えたことは、しばらくなかった。
四十三歳。ここで、彼の中で何かが変わった。自分では分からなかった。
部長の仕事は、担当者の仕事とは別のものだった。求められるのは、資料を速く作る力ではなく、人を育てる力である。数字に強いことではなく、方向を決めることである。相手の弱点を見つけることではなく、部下の長所を見つけることである。
彼は、そのどれもやったことがなかった。
ローレンス・J・ピーターという教育学者が、1969年に『ピーターの法則』という本を書いている。人は、無能になるまで昇進する。ある職位で優秀だった人間は昇進する。昇進先で求められる能力は、それまでの能力とは別のものである。だから、いずれ必ず、能力が足りない位置に到達する。そこで止まる。もう昇進しないから、その位置に居続ける。結果として、あらゆるポストが、その職責を果たせない人間によって占められる。
彼は四十三歳で、その位置に到達した。
ここで多くの人は、学び直す。人を育てる練習を始め、方向を決める訓練をする。彼はしなかった。理由は単純で、その必要を感じなかったからである。部の成績は落ちていなかった。まだ無能に達していない部下たちが、機能していたからである。
四十五歳。組織改編を行った。三年前に自分が作った体制を、自分で解体した。理由を問われ、「時代に合わなくなった」と説明した。本当の理由は、飽きたからだった。部下たちが三年かけて覚えた手順は、使えなくなった。
この改編は、彼にとって初めての「部長らしい仕事」だった。方向を決め、組織を作り替える。担当者にはできない仕事である。ただ、方向を決める訓練をしていない人間が方向を決めると、こうなる。飽きたという理由で、五十人の三年が消えた。
この年、金の話をしたことのない友人は六人になっていた。十年で八人減っていた。誰がいつ離れたのか、彼には思い出せなかった。
四十七歳、母が死んだ。葬儀の後、彼は一人で酒を飲んだ。誰かに電話をかけようとして、番号を探した。十五分ほど画面を眺めて、やめた。かけても、仕事の話になると分かっていた。
五十歳、本部長。年収は同期の二倍になった。家を建て替えた。息子は私立の大学に入った。
本部長になっても、彼の判断が間に合わなくなることはなかった。理由は二つある。
一つは、彼の判断が常に正しかったからではなく、判断が間に合っていないことを誰も指摘しなかったからである。会議で反対されない。案を出せば通る。彼はこれを、自分の判断が正確だからだと受け取った。
もう一つは、実務を回していたのが、まだ無能に達していない部下たちだったからである。ピーターの法則が書いている通りである。組織は、まだ限界に達していない人間の働きによって機能する。彼の下には、そういう人間が何人もいた。彼はその働きを、自分の統率力の結果だと考えた。
五十一歳、送別会の席で、退職する部下がこう言った。「部長には、本当に育てていただきました」。彼は満足した。その部下は、彼が二度、別の社員の功績を自分のものとして報告した現場に、いずれも立ち会っていた。
五十三歳。健康診断で引っかかり、二週間入院した。見舞いに来たのは、取引先の社長二人と、部下が代表で一人。妻は毎日来た。
病室で、彼は同期の名前を思い出そうとした。二十七歳の会議で、企画を出したあの男である。名前は出てきた。その後どうなったかは、知らなかった。
五十五歳。金の話をしたことのない友人が、ゼロになった。
そのことは、彼には分からなかった。彼の周りには十二人の人間がいた。全員が、彼の地位や資産と関係のある相手だった。誘えば来る。祝えば祝い返す。返事は必ず返ってくる。
それは返事であって、応答ではなかった。
六十歳の四月、彼は役員を外された。理由は明示されなかった。後任は、彼が十年前に部下として使った男だった。
退職金と保有株の処理で、資産は三分の一に減った。地位はなくなった。
五月から六月にかけて、連絡が減った。年賀状の枚数が、翌年には半分になった。彼はそれを、現役を離れたからだと考えた。それは正しかった。ただ、彼が気づかなかったのは、現役を離れても連絡が来る人間が、彼には一人もいなかったということである。
六十一歳の夏、送別会が開かれなかった。総務の記録には「本人の希望による」と書かれた。彼はそんな希望を出していない。誰も幹事を引き受けなかったので、そう処理されただけだった。
六十三歳。妻に「昔の友達に会いたい」と言った。妻は「誰?」と聞いた。彼は名前を三つ挙げた。妻は「連絡先は?」と聞いた。彼は黙った。
妻は言った。「私が知ってる人、一人もいないよ」
資産は一億二千万あった。持ち家があり、健康で、息子は独立した。客観的に見て、失敗した人生ではない。
彼の話を最後まで聞く人間は、妻を除いて、いなかった。
妻は聞いた。ただ、最後まで聞くという行為が、どれだけの労力を要するものなのかを、彼は一度も考えたことがなかった。
その年の暮れ、彼は孫を膝に乗せた。孫が学校のことを話し始めた。彼は途中で口を挟んで、自分が若い頃どうだったかを話した。孫は黙って聞いた。話が終わると、孫は「そうなんだ」と言って、母親のところへ行った。
彼はそれを、孫がまだ小さいからだと考えた。
ここに書いたのは、常利己という妖怪の、完成までの経過である。
この男に、決定的な悪事はない。人を殺していない。金を盗んでいない。法を破っていない。二十七歳で一度、他人の企画を自分の功績として語った。四十五歳で一度、飽きたという理由で組織を作り直した。あとは、毎年、自分の立場を優先したというだけである。
ここには二つの法則が重なっている。
一つはピーターの法則である。人は無能になるまで昇進する。これは、誰にでも起きる。彼が特別に愚かだったからではない。有能だから昇進し、昇進先では別の能力が要る。この構造の中にいれば、いずれ誰でも能力の限界に到達する。
もう一つが、常利己である。ピーターの法則が発動したとき、多くの人は周囲から指摘される。お前は部長に向いていない、と言われる。腹は立つが、それで気づく。学び直すか、降りるか、どちらかを選ぶ。
この男には、それを言う人間がいなかった。四十三歳の時点で、本音を言える友人は六人に減っていた。会社の中では、すでに誰も反対しなくなっていた。ピーターの法則は誰にでも起きるが、常利己は、それを教えてくれる人を先に失っている。そこが違いである。
一つ一つは、小さい。だから、誰も止めなかった。止めるほどのことではなかったからである。
四十年かけて積み上がったものを、彼は見ることができない。常利己は、彼に憑いていたのではない。彼が座っていた席に、ずっといたのである。だから彼が去った後も、その席にいる。次に座る者に、また同じことをする。
この話に教訓はない。ただ、数字がある。常利己の計算のページで、数値を動かして確かめられるようにした。