宮田登は実在の人物であり、以下の生涯・年代は、筑摩書房著者紹介、Wikipedia「宮田登」の記述にもとづく史実として書いている。学説の評価は編者の私見として分けて書く。
1936年(昭和11年)、神奈川県生まれ。東京教育大学文学部卒業、同大学院修了。筑波大学教授、神奈川大学教授、国立歴史民俗博物館客員教授などを歴任した。研究の関心は民俗学から日本史学・人類学など周辺分野にまで及び、柳田賞・毎日出版文化賞特別賞を受賞している。2000年(平成12年)、63歳で没した。
史実:宮田は、妖怪が現れる場所を「境界」として説明した。村と山の境、昼と夜の境、この世とあの世の境。峠・辻・橋・川の淵といった妖怪の出現場所は、いずれも何かと何かを分ける境目にある、という整理である。著書『妖怪の民俗学』では、井上円了・柳田國男の研究から出発し、都市に生きる現代人の妖怪観・オカルト現象にまで論を広げた。
私の見方:宮田の境界論は、この台帳を作りながら一番実感として理解できた考え方だった。47都道府県の妖怪を並べてみると、峠に出る妖怪、川に出る妖怪、家の境(座敷と土間の境)に出る妖怪、というふうに、境界という軸で見えてくるものが本当に多い。宮田がもう一つ大事にしていた視点として、妖怪が古い時代だけの存在ではなく、都市化した現代社会でも新しい形で生まれ続ける、という考え方があり、これは近現代妖怪を作るときの発想のもとにもなっている。
この台帳の妖怪図鑑記事で「出現条件」を場所・時間で整理しているのは、宮田の境界論をかなり直接的に踏襲している。専門的考察ページの「境界に棲むもの」の項でも、この考え方を紹介している。
神奈川県に生まれる。
東京教育大学文学部卒業、同大学院修了。
『江戸歳時記 都市民俗誌の試み』刊行。
『妖怪の民俗学 日本の見えない空間』刊行。
『ヒメの民俗学』刊行。
『霊魂の民俗学』刊行。
逝去(63歳)。