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常利己の計算

このページについて

近現代妖怪の常利己(じょうりこ)が生まれる過程を、計算で追うページ。毎年の選択を四十年積み重ねると、何が増えて何が消えるのかを見る。

これは証明ではない。ただし、根拠にした研究は実在するものに絞った。ハーバード大学が1938年から85年以上続けている成人発達研究、2023年にPNASに発表された所得と幸福の論文、ダンバー数の研究などである。それらの知見を組み合わせて作ったモデルだが、この形で人生を計算した研究は存在しない。

50%
半々。
働き方
事業での大きな成功
25歳 → 65歳(40年)
資産
-
300万から
社会的な地位
-
1.0 から
周囲からの信頼
-
1.00 から
本音を言える友人徳による友愛
-
8人から
楽しいからの友人快楽による友愛
-
10人から
お金でつながる友人利益による友愛
-
4人から
話を最後まで聞いてくれる人
-
5人から(上限5人)
人生の自律性PNAS 2023
-
0〜1.00
幸福度PNAS 2023 / 自己決定理論
-
0〜1.00
80歳時点の健康ハーバード成人発達研究
-
関係の質で決まる
四十年間の推移
地位 本音を言える友人 楽しいからの友人 お金でつながる友人 話を聞いてくれる人
計算して分かったこと

数字を並べる。

資産は、利己率に比例して増え続ける。サラリーマンで利己率0%なら約4,900万、100%なら約13,100万。事業で五回成功して利己率85%なら、約22億になる。

友人の総数は、ほとんど変わらない。利己率0%で33人、50%で27人、100%で20人。減るが、半分にもならない。

ただし、内訳が完全に入れ替わる。利己率0%では、本音を言える友人15人・楽しいからの友人11.6人・お金でつながる友人6.7人。利己率100%では、本音を言える友人0人・楽しいからの友人3.8人・お金でつながる友人16.6人。総数はほぼ同じで、中身だけが逆転している。

三つの層は、消える順番が違う。先に減るのは本音を言える友人である。利己率40%で13.2人、50%で6.2人、60%でゼロ。楽しいからの友人は、それより粘る。利己率60%でも6.1人、100%でも3.8人残る。お金でつながる友人は、最後まで増え続ける。

話を最後まで聞いてくれる人は、本音を言える友人の中からしか出てこない。利己率50%で1.4人、60%でゼロ。この計算では上限を5人に設定している。ダンバー数の研究で、親密な関係を維持できる上限が約5人とされているためである。

幸福度は資産に比例しない。事業で五回成功して利己率85%の人の幸福度は0.57。三回成功で利己率20%の人は1.00に届く。資産は前者が22億、後者が3.6億である。

80歳時点の健康に、資産は影響しない。利己率85%で回すと、事業の成功が0回でも5回でも、健康は0.20で変わらない。

失脚させると、何が起きるか

チェックボックスを入れると、60歳で資産が65%減り、地位が75%下がる。

利己率85%の人。お金でつながる友人が減る。損得なしの友人は、失脚の前からゼロである。失う前から、失うものがない。

利己率20%の人。お金でつながる友人は減るが、損得なしの友人は変わらない。そして話を聞いてくれる人が増える。地位が下がったことで、周囲が本音を言うようになるからである。

失脚は、計算上は不幸な出来事である。ただし利己率の低い人にとっては、話を聞いてもらえる人が増える出来事でもある。

根拠にした研究

ハーバード成人発達研究(Harvard Study of Adult Development, 1938年〜)。724人の男性とその家族・子孫を85年以上追跡している、世界最長の縦断研究である。現在の責任者ロバート・ウォールディンガーは、この研究の最も明確な結論をこう述べている。良い人間関係が、人を幸福で健康に保つ。

この研究で特に重要なのが、次の発見である。50歳時点でのコレステロール値は、80歳時点の健康をあまり予測しなかった。最もよく予測したのは、50歳時点で人間関係にどれだけ満足していたかだった。また、80歳になった参加者が語った最大の後悔は「働きすぎて、大切な人と過ごす時間が足りなかった」というものだった。孤独は、喫煙や過度の飲酒と同程度の健康リスクを持つとも報告されている。

この計算では、80歳時点の健康を、50歳時点の関係満足度から算出している。資産や地位は、この値にほとんど影響しない。

Killingsworth, Kahneman & Mellers, PNAS (2023)「Income and emotional well-being: A conflict resolved」。2010年のカーネマンとディートンの研究は、幸福が年収7.5万ドルで頭打ちになると報告した。2021年のキリングスワースの研究は、頭打ちはないと報告した。矛盾する結果を出した研究者同士が組んで検証した結果が、この論文である。

結論は、大多数の人において幸福は log(所得) で上昇を続け、頭打ちにはならない。ただし、もともと不幸な下位20%は年10万ドルで頭打ちになる。そして最も重要な発見は、所得と幸福の関係の74%が、たった一つの質問で説明されたことである。「自分の人生をどの程度コントロールできていると感じるか」。つまり効いているのは富そのものではなく、富がもたらす自律性である。

この計算では、幸福度を log(資産) で算出し、さらに自律性で重み付けしている。起業家の自律性を高く設定しているのは、この知見に従ったためである。

デシとライアンの自己決定理論(Self-Determination Theory)。人の幸福には三つの心理的欲求が必要とされる。自律性、有能感、関係性である。この計算の幸福度は、この三つの合成として組んでいる。配分は関係性0.44、資産0.26、自律性0.16、有能感0.14とした。ハーバード研究が関係性を最重要としているため、そこを最も重くしてある。

ロビン・ダンバーのダンバー数(1992年)。人が安定した社会関係を維持できる人数の上限は約150人。この150人は入れ子の階層になっており、親密圏が約5人、親しい友人が約15人、友人が約50人、知人が約150人とされる。この計算では、この階層をそのまま上限に使っている。本音を言える友人と楽しいからの友人は15人、お金でつながる友人は50人、話を最後まで聞いてくれる人は5人が上限である。資産がいくら増えても、無限には増えない。

起業の生存率に関する各国統計。新規事業の5年生存率は約50%、10年で約30%とされる。また連続起業家の成功確率は初回起業家より高いことが示されている(Gompers et al., Harvard Business School, 2010)。この計算では、起業家の平均リターンを高く設定する代わりに、定期的な損失を入れている。

計算モデルの中身

ここからは、どういう計算をしているかの説明である。読み飛ばしても構わない。

地位:毎年、利己率に応じて上がる。ただし信頼が低いと伸びが鈍る。数理学のナッシュ均衡を借りている。各人が自分にとって最適な手だけを選び続けると、全体としては最適でない点に落ち着く。利己率100%でも地位が9.6で止まるのは、これを反映したためである。

信頼:物理学の熱力学第二法則を骨格にしている。閉じた系の秩序は、外からエネルギーを入れない限り減り続ける。この計算では、信頼を何もしなければ減る量として扱っている。相手を立てる行為が、外から入るエネルギーである。イリヤ・プリゴジンの散逸構造論が下敷きになっている。生命や組織は、外部とエネルギーを交換し続けることで秩序を保っている。交換を止めれば崩れる。

さらに、信頼が0.5を下回ると減り方が1.35倍に加速する。ロバート・アクセルロッドの反復囚人のジレンマの知見で、裏切りの累積は非線形に効く。

友人を三つに分けた理由:アリストテレス『ニコマコス倫理学』第八巻の友愛の三分類に従っている。友愛には、利益による友愛、快楽による友愛、徳による友愛の三つがある。アリストテレスは前二つを「付帯的な友愛」と呼び、その目的が消えれば終わると書いた。持続するのは徳による友愛だけで、かつそれは稀であるとした。

この計算では、お金でつながる友人(利益による友愛)を資産の平方根に連動させた。増え続けるが、ダンバー数の「友人」層である50人を上限にしている。楽しいからの友人(快楽による友愛)は、地位と信頼の両方に緩やかに連動させた。地位が上がれば誘われる回数は増えるが、信頼を失えば消える。ただし徳による友愛ほど急激には減らない。飲み仲間や趣味の仲間は、多少嫌な相手でも付き合いが続くことがある。本音を言える友人(徳による友愛)は信頼だけに連動させ、一度離れたら戻らないようにした。

三つに分けた結果、見え方が変わった。友人の総数はあまり減らない。利己率100%でも20人いる。ただし、その内訳が完全に入れ替わっている。数を数えるだけでは、この変化は見えない。

話を最後まで聞いてくれる人:マルティン・ブーバー『我と汝』を借りている。関係には、相手を人格として向き合う「我-汝」と、相手を手段として扱う「我-それ」の二種類がある。この項目は我-汝の関係にある人の数として定義してあり、お金でつながる友人はここに数えない。さらに地位が上がるほど本音を言われなくなる係数を掛けている。

富の増加と信頼の減少を、同じ一つの変数から生じるようにしたのは、仏教の自利利他という考え方に近い。自分の利益と他者の利益は本来分かれておらず、分けて考えた時点でどちらも損なわれる。キリスト教の「与える者は受ける者よりも幸いである」(使徒行伝20章35節)、イスラームのザカート(財の浄化としての施し)も、溜めたままの富は濁るという同じ発想を持っている。これらは信仰の言葉であって証明できるものではない。ただ、複数の宗教が同じことを言っているという事実は、それなりに重い。

カントの人格の尊厳(人を手段としてのみ扱ってはならない)、レヴィナスの他者論(他者は自分に還元できない他者性を持つ)は、この計算に直接は入れていない。ただし、人を駒として数える行為の反対側に何があるかを考えるとき、この二人の議論が背景にある。