この台帳が答えたいのは「日本に妖怪は何体いるか」ではなく、「その妖怪について、私たちは実際に何を知っていて、何を知らないのか」という質問だと思っている。妖怪図鑑の各記事についているスタンプは、単なる「確かさの評価」ではなく、その情報が、どこから来たものなのか(情報の来歴)を6段階で示すものにしている。
「河童は本当に昔から全国にいたの?」「この妖怪は江戸時代から存在したの?」「水木しげるが作ったイメージなの?」「民間伝承なのか、文献上の妖怪なのか?」——こうした質問に、この台帳はスタンプ1つで答えようとしている。
信頼度とは別に、そもそも何を妖怪として収録するかの基準がある。ここに書いておく。
収録するもの:日本国内で語り継がれてきた妖怪。中国や仏教に由来する要素を含んでいても、日本国内で伝承として定着したものは収録する。器物が年を経て化けた付喪神も、物につく存在なので収録している。
収録しないもの:幽霊。柳田國男の区別にしたがっている。幽霊は特定の人につき、妖怪は場所や物につく。この整理でいくと、皿屋敷のお菊や四谷怪談のお岩は、特定個人の怨霊なので収録しない。船幽霊も、海で死んだ者の霊なので外した。
ただし、境界は曖昧である。この台帳にも、判断が分かれるものが入っている。
七人ミサキは溺死者の死霊とされるが、水辺という特定の場所に現れ、人数が常に7人に保たれるという構造を持つ。特定個人の霊ではなく、場所に結びついた集団の怪異として、妖怪の側に入れた。
骨女は、鳥山石燕が描いた図像としては妖怪だが、その典拠は『伽婢子』の「牡丹灯籠」で、特定の女性(弥子)の亡霊譚である。厳密にいえば幽霊に近い。石燕の画集に収められた妖怪として収録しているが、この判断は揺れている。
泥田坊は、田を売られた老人の霊が妖怪化したものとされる。人の霊ではあるが、特定の誰かに憑くのではなく、売られた田という場所に現れ続ける。鳥山石燕の画集に図像が残っていることもあり、妖怪として収録した。
カカベ(岩手県紫波郡)は、死者の霊魂が蝶や蛾の姿を借りて現れるとされる。これは明確に幽霊の側だが、東北の霊魂観・オシラサマ信仰と地続きの伝承であり、地域の民俗として記録しておく価値があると判断した。判定としては、幽霊に近い。
迷ったものは、迷ったと書いて収録する。境界線を無理に引いて、どちらかに押し込めてしまう方が、記録としては不正確になると思う。
この台帳には二つの層がある。
台帳登録は名前のみの記録である。593体。名前と読みが確認できただけの段階で、伝承の内容は未確認のまま置いている。これは網羅のための層で、「その妖怪の名前が実際にあるか」を調べるために使える。
図鑑記事は、伝承・出典・信頼度まで確認できたものだけを書いている。126体。全体の2割程度である。
この比率を上げることが目的ではない。未確認のものを想像で埋めれば記事数は増えるが、それは調べたことにならない。確認できた分だけ書く。台帳に空白があるのは、まだ調べていないという記録そのものである。
妖怪図鑑の多くは、伝承・文献・創作を並列に並べてしまう。この台帳は、その3つを混ぜずに、それぞれの情報が「どこから来たか」を切り分けて示すことを、他の何より大事にしている。井上円了が妖怪を偽怪・誤怪・仮怪・真怪に分類しようとした態度と、根っこの部分ではよく似ていると思う。
この分類作業は今も続いている。「創作」に分類し直した妖怪(目目連・毛羽毛現など)は、当初「複数資料で確認」としていたが、調べ直す中で「石燕の創作物であるという指摘が複数資料にある」のと「その妖怪自体が民間伝承である」のは別のことだと気づき、修正した。今後も、同じような見直しが起きると思う。