妖怪は宗教そのものではないと思う。ただ、妖怪という考え方の骨組みには、神道・仏教・陰陽道という三つの宗教的な枠組みが、かなり深く関わっている。ここでは、それぞれがどう関わっているかを分けて整理してみた。
史実:神道には、神霊が二つの側面(荒々しい荒魂と、穏やかな和魂)を持つという考え方がある。同じ神が、祀られ方によって恵みをもたらす神にも、祟る妖怪的な存在にもなり得る。この台帳の「神社仏閣の妖怪」カテゴリに入っている一目連・三吉鬼・温羅・長壁(刑部姫)は、まさにこの神と妖怪の境界にいる存在だと思う。
私の見方:小松和彦がいう「妖怪は神と並んで最初から存在していた」という言葉は、神道の荒魂・和魂という考え方と、かなり近いところにあると思う。
史実:鬼という概念は、仏教における羅刹・夜叉といった魔物の観念が、中国経由で日本に伝わり、在来の「まつろわぬ者」の観念と混ざり合って形成されたとされる。天狗も、仏教における「天狗道」という魔界への転生先という位置づけと、山岳信仰・修験道が組み合わさって、今の姿になった。元興寺(ガゴゼ)のように、寺そのものを舞台にする妖怪も多い。
私の見方:仏教が悪いものとして退けた存在が、そのまま日本の妖怪の重要な部分を形作っている、という構造が面白い。否定するために名前を与えた結果、その名前が独立して広がっていったように見える。
史実:陰陽道は中国の陰陽五行思想を土台に、平安時代の宮廷で制度化された。「物の怪」という言葉が定着したのもこの時期。起源クロニクルで触れた卑弥呼の鬼道から、平安時代の陰陽師まで、見えない力を扱う専門家という系譜が続いている。
史実:なまはげ・あまめはぎのような来訪神は、年中行事という形で、宗教的な畏れと共同体の秩序維持を同時に行う仕組みになっている。恐ろしい姿をした神が、一年に一度だけ家々を訪れるという構造そのものが、ある種の民間信仰の形だと思う。
史実(風の神という来訪神):東北各地には「風の三郎様」「風の神様」と呼ばれる風の神への信仰がある。旧暦の特定の日に、強風で作物が倒れないよう祈る行事で、岩手県内でも複数の地域に伝わる。宮沢賢治(岩手県花巻市出身)の童話『風の又三郎』に登場する、風を呼ぶ不思議な転校生「又三郎」は、この風の神信仰を下敷きにしていると指摘されている。
私の見方:又三郎は妖怪と呼ぶには輪郭がやわらかすぎるけれど、「風という自然現象に、人格を与えて迎える」という発想そのものは、なまはげや来訪神と地続きだと思う。賢治自身は花巻の出身で、この台帳が拠点とする紫波町とは町が違うけれど、同じ岩手県内で、同じ「風の神」という信仰を土台にしている。地理的な近さより、信仰の型が同じであることの方が、この台帳的には面白いつながりだと思う。