本所の商家の座敷。今夜も、九十九本目の灯芯が灯っている。集まった者たちは、代わる代わる怪談を語り、語り終えるごとに、灯芯を一本ずつ消してきた。あと一本、九十九話目を語り終えれば、いよいよ百話に達し、最後の灯芯を消すことになる。
この会は、もう半月も前から、同じ座敷で夜ごと開かれている。九十九話という数は、決して短い道のりではない。集まった者たちの間には、互いへの奇妙な連帯と、拭えない疲労とが、同時に漂っている。
「誰かが百話目を語らねば、この会は終われぬ」主人が言う。皆、顔を見合わせるが、誰も名乗り出ない。
一人の若い男が、ようやく口を開く。「では、手前が」
若い男は、静かに語り始める。「ある町に、百物語の会があった。九十九話まで語り終え、あと一話を残して、誰もが語り手になることを恐れた」
集まった者たちは、その語りの中身が、まさに今この座敷で起きていることそのものだと気づき、顔色を変える。若い男は、それに構わず語り続ける。「最後の一人が、思い切って語り始めた。その語りの中身は、まさにこの座で起きていることと、同じだった」
若い男の声が、少しずつ、部屋の中の誰の声とも違う響き方をしているように聞こえてくる。主人は、灯芯を見つめる。あと一本の灯芯が、風もないのに、小さく揺れている。
「そして、その語り手が、最後の灯芯を消したとき」若い男は続ける。集まった者たちは、皆、息を止めて聞いている。
若い男は、そこで一度、言葉を切る。
座敷は、しんと静まっている。灯芯の火だけが、小さく揺れている。
「――その先は、まだ、どなたも語ったことがないのです」
若い男は、そう言って、静かに笑う。
誰も、その先を語ろうとする者はいない。最後の灯芯は、今も、この座敷のどこかで、消されるのを待っている。この話も、まだ、九十九話目のままである。
この座敷は、今も本所の同じ場所に残っている。持ち主が代わっても、百物語の会だけは、なぜか絶えることなく、幾年かに一度、開かれ続けている。そのたびに、九十九話まで語られ、百話目の語り手だけが、決まって見つからないままになる。
この話を読んでいるあなたも、もし誘われることがあれば、百話目を語る役目だけは、そっと辞退することをお勧めする。灯芯は、まだ九十九本、灯ったままである。
誰かがこの座敷に呼ばれる晩まで、それは変わらず灯り続けるのだろう。