江戸怪談百物語 / 第25夜 / 本所・百物語の会

百物語のあと

ひゃくものがたりのあと
灯芯とうしんを一本、消す。

本所の商家の座敷。今夜も、九十九本目の灯芯とうしんが灯っている。集まった者たちは、代わる代わる怪談を語り、語り終えるごとに、灯芯とうしんを一本ずつ消してきた。あと一本、九十九話目を語り終えれば、いよいよ百話に達し、最後の灯芯とうしんを消すことになる。

この会は、もう半月も前から、同じ座敷で夜ごと開かれている。九十九話という数は、決して短い道のりではない。集まった者たちの間には、互いへの奇妙な連帯と、拭えない疲労とが、同時に漂っている。

「誰かが百話目を語らねば、この会は終われぬ」主人が言う。皆、顔を見合わせるが、誰も名乗り出ない。

一人の若い男が、ようやく口を開く。「では、手前が」

若い男は、静かに語り始める。「ある町に、百物語の会があった。九十九話まで語り終え、あと一話を残して、誰もが語り手になることを恐れた」

集まった者たちは、その語りの中身が、まさに今この座敷で起きていることそのものだと気づき、顔色を変える。若い男は、それに構わず語り続ける。「最後の一人が、思い切って語り始めた。その語りの中身は、まさにこの座で起きていることと、同じだった」

若い男の声が、少しずつ、部屋の中の誰の声とも違う響き方をしているように聞こえてくる。主人は、灯芯とうしんを見つめる。あと一本の灯芯とうしんが、風もないのに、小さく揺れている。

「そして、その語り手が、最後の灯芯とうしんを消したとき」若い男は続ける。集まった者たちは、皆、息を止めて聞いている。

若い男は、そこで一度、言葉を切る。

座敷は、しんと静まっている。灯芯とうしんの火だけが、小さく揺れている。

「――その先は、まだ、どなたも語ったことがないのです」

若い男は、そう言って、静かに笑う。

誰も、その先を語ろうとする者はいない。最後の灯芯とうしんは、今も、この座敷のどこかで、消されるのを待っている。この話も、まだ、九十九話目のままである。

この座敷は、今も本所の同じ場所に残っている。持ち主が代わっても、百物語の会だけは、なぜか絶えることなく、幾年かに一度、開かれ続けている。そのたびに、九十九話まで語られ、百話目の語り手だけが、決まって見つからないままになる。

この話を読んでいるあなたも、もし誘われることがあれば、百話目を語る役目だけは、そっと辞退することをお勧めする。灯芯とうしんは、まだ九十九本、灯ったままである。

誰かがこの座敷に呼ばれる晩まで、それは変わらず灯り続けるのだろう。

この話について
編者の後書き
百物語という営みそのものを、過去の出来事としてではなく、今も続いている出来事として、現在時制に近い語りで進める構成にした。読者への直接の呼びかけを最後に挟むことで、この連載自体が終わらないまま続く、という構造を強調している。
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江戸怪談百物語 全99夜
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