浅草の三味線堀で、満月の晩にだけ、水面に、三味線の音のような波紋が広がるという言い伝えがあった。若い芸者、小夜と、同じ置屋の先輩芸者、お葉は、常に腕を競い合う仲だった。
満月の晩、小夜がその波紋を見に行ったと知ったお葉は、「私も見に行く」と言って、後をついてきた。二人は、堀のほとりで、互角に近い腕で、それぞれ三味線を弾いてみせた。波紋は、二人の音の、どちらに合わせるべきか迷うように、ゆらゆらと形を変えた。
「これは、私の方に応えているのよ」お葉が得意げに言った。小夜は負けん気を起こして、もっと難しい曲に切り替えた。波紋は、ますます複雑な形に乱れた。二人は、しばらく夢中で弾き比べを続け、最後には、どちらの音に応えていたのか、自分たちでも分からなくなってしまった。
「引き分けね」小夜が笑って言うと、お葉も笑って頷いた。それ以来、二人は満月の晩になると、連れ立って堀へ行き、競い合うように弾くのを、ひそかな楽しみにしている。
波紋は、今も、どちらの肩を持つこともなく、ただ楽しそうに揺れている。