両国の橋のたもとに、夜鳴きそばの屋台を出す与平という男がいた。屋台を出すのは、いつも同じ刻限、同じ場所。長年の商いの中で、それが一番、客を呼び込む道理だと、与平は信じている。
ある晩、店じまいの支度をしていると、一人の客が屋台に立ち寄る。
「蕎麦を一杯、頼む」客は言う。「へい」与平は応じ、湯気の立つ丼を渡す。客は静かに食べ、代金を置いて、橋を渡っていく。
この客が、以前にもここへ来たことがあるような気がする。だが、思い出せない。
翌晩も、同じ刻限に、同じ客。
「蕎麦を一杯、頼む」同じ言葉。同じ丼。同じように食べて、同じように橋を渡っていく。
その翌晩も。「お客さん、毎晩いらしてますね」思い切って尋ねた。客はふと顔を上げ、少し困ったような顔をする。「毎晩、と言われましても。今夜が、初めてのつもりでおりますが」
その答えに、妙な寒さを覚える。客は代金を置き、いつものように橋を渡っていく。屋台の隅に立って、後ろ姿が闇に消えるまで見送る。
翌晩。両国の橋のたもとに、夜鳴きそばの屋台を出す与平という男がいた。ある晩、店じまいの支度をしていると、一人の客が屋台に立ち寄る。
「蕎麦を一杯、頼む」客は言う。「へい」与平は応じ、湯気の立つ丼を渡す。客は静かに食べ、代金を置いて、橋を渡っていく。
この客が、以前にもここへ来たことがあるような気がする。だが、思い出せない。
屋台の湯気だけが、いつもと変わらず立ち続けている。
橋を渡る人々は、今夜もまた、その湯気の匂いに誘われて、足を止めるかもしれない。