江戸怪談百物語 / 第24夜 / 両国・夜鳴き蕎麦そば(二)

最後の客

さいごのきゃく
灯芯とうしんを一本、消す。

両国の橋のたもとに、夜鳴きそばの屋台を出す与平よへいという男がいた。屋台を出すのは、いつも同じ刻限こくげん、同じ場所。長年の商いの中で、それが一番、客を呼び込む道理だと、与平よへいは信じている。

ある晩、店じまいの支度をしていると、一人の客が屋台に立ち寄る。

「蕎麦そばを一杯、頼む」客は言う。「へい」与平よへいは応じ、湯気の立つ丼を渡す。客は静かに食べ、代金を置いて、橋を渡っていく。

この客が、以前にもここへ来たことがあるような気がする。だが、思い出せない。

翌晩も、同じ刻限こくげんに、同じ客。

「蕎麦そばを一杯、頼む」同じ言葉。同じ丼。同じように食べて、同じように橋を渡っていく。

その翌晩も。「お客さん、毎晩いらしてますね」思い切って尋ねた。客はふと顔を上げ、少し困ったような顔をする。「毎晩、と言われましても。今夜が、初めてのつもりでおりますが」

その答えに、妙な寒さを覚える。客は代金を置き、いつものように橋を渡っていく。屋台の隅に立って、後ろ姿が闇に消えるまで見送る。

翌晩。両国の橋のたもとに、夜鳴きそばの屋台を出す与平よへいという男がいた。ある晩、店じまいの支度をしていると、一人の客が屋台に立ち寄る。

「蕎麦そばを一杯、頼む」客は言う。「へい」与平よへいは応じ、湯気の立つ丼を渡す。客は静かに食べ、代金を置いて、橋を渡っていく。

この客が、以前にもここへ来たことがあるような気がする。だが、思い出せない。

屋台の湯気だけが、いつもと変わらず立ち続けている。

橋を渡る人々は、今夜もまた、その湯気の匂いに誘われて、足を止めるかもしれない。

この話について
編者の後書き
同じ語句・同じ文型を意図的に繰り返し、最後に冒頭とまったく同じ一文へ戻る円環構造を、文体そのもので強調した。差異を最小限にすることで、繰り返される一夜の感覚を読者にも体験させる試みである。
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江戸怪談百物語 全99夜
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