江戸怪談百物語 / 第13夜 / 深川・自身番じしんばん

三人の証言

さんにんしょうげん
灯芯とうしんを一本、消す。

一、駕籠かごかきの証言。「橋の真ん中で、白い着物の女が、欄干に手をかけて泣いていた。声をかけたが、返事はなく、近づくと、ふっと消えてしまった」

二、屋台の男の証言。「その刻限こくげん、橋には誰もいなかった。ただ、川の方から、女の泣き声だけが聞こえた。声は長く続いて、それから、ぱたりと止んだ」

三、浪人の証言。

「橋の上に、男が一人立っていた。欄干に手をかけて、何かに向かって話しかけているようだった。近づくと、男は驚いた様子で、こちらを見て、逃げるように去って行った」

深川の自身番じしんばんに、ある晩の出来事について、この三つの証言が残されている。同じ夜、同じ橋のあたりで起きた出来事のはずだが、三人の話は、それぞれまるで違っていた。自身番じしんばんの役人たちは、この三つを並べて、頭を悩ませた。女がいたのか、いなかったのか。泣いていたのは誰なのか。男は何をしていたのか。

役人の一人が、三人をもう一度呼び、互いの証言を聞かせてみた。駕籠かごかきは、「そんなはずはない、女は確かにいた」と言った。屋台の男は、「男など見なかった」と言った。浪人は、「女ではない、あれは男だった」と言い張った。三人は次第に、互いを噓つきだと責め始めた。

役人は、ふと、一つのことに気づいた。三人が語る刻限こくげんが、少しずつずれていた。三つは、同じ晩でありながら、微妙に前後していた。

役人はそれ以上、深く追及しなかった。帳面ちょうめんには「同一の出来事とは断定できず」とだけ記した。

四、その後の記録。

深川のこの一件は、後年、他の町の自身番じしんばんにも、話の種として伝わっていったという。ある町の役人は、この帳面ちょうめんの写しを取り、自分の手控えに加えた。

写しを取った役人自身も、後になって、似たような食い違う証言に出くわすことになったが、それはまた、別の帳面ちょうめんに記されている話である。

この話について
編者の後書き
三つの証言を「一、二、三」と番号を振った独立した引用として提示し、最後にもう一つ「四」を加える構成にした。羅生門的な食い違いを、帳面ちょうめんの項目立てという形式そのものに落とし込んでいる。
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江戸怪談百物語 全99夜
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