一、駕籠かきの証言。「橋の真ん中で、白い着物の女が、欄干に手をかけて泣いていた。声をかけたが、返事はなく、近づくと、ふっと消えてしまった」
二、屋台の男の証言。「その刻限、橋には誰もいなかった。ただ、川の方から、女の泣き声だけが聞こえた。声は長く続いて、それから、ぱたりと止んだ」
三、浪人の証言。
「橋の上に、男が一人立っていた。欄干に手をかけて、何かに向かって話しかけているようだった。近づくと、男は驚いた様子で、こちらを見て、逃げるように去って行った」
深川の自身番に、ある晩の出来事について、この三つの証言が残されている。同じ夜、同じ橋のあたりで起きた出来事のはずだが、三人の話は、それぞれまるで違っていた。自身番の役人たちは、この三つを並べて、頭を悩ませた。女がいたのか、いなかったのか。泣いていたのは誰なのか。男は何をしていたのか。
役人の一人が、三人をもう一度呼び、互いの証言を聞かせてみた。駕籠かきは、「そんなはずはない、女は確かにいた」と言った。屋台の男は、「男など見なかった」と言った。浪人は、「女ではない、あれは男だった」と言い張った。三人は次第に、互いを噓つきだと責め始めた。
役人は、ふと、一つのことに気づいた。三人が語る刻限が、少しずつずれていた。三つは、同じ晩でありながら、微妙に前後していた。
役人はそれ以上、深く追及しなかった。帳面には「同一の出来事とは断定できず」とだけ記した。
四、その後の記録。
深川のこの一件は、後年、他の町の自身番にも、話の種として伝わっていったという。ある町の役人は、この帳面の写しを取り、自分の手控えに加えた。
写しを取った役人自身も、後になって、似たような食い違う証言に出くわすことになったが、それはまた、別の帳面に記されている話である。