頁、五十三。本所の怪談会に、長年欠かさず通っていた常連、伊佐治という男がいた。ある年、伊佐治は急に、会に顔を出さなくなった。
理由。仲間が尋ねると、伊佐治は静かに言った。「怪談を語りすぎると、自分の身の上に、怪談が起こるようになる気がするのです」伊佐治には、幼くして亡くした娘がいた。娘が死んだ晩に、自分が語っていた怪談の筋と、娘の死に方が、あまりに似ていたことを、伊佐治だけが知っていた。それ以来、伊佐治は、怪談の類には、一切近づかないようにしていた。
頁、五十三、再び。
数年後、伊佐治が亡くなったとき、その枕元には、なぜか一冊の古い怪談集が、開かれたまま置かれていた。開かれていた頁の隅には、伊佐治自身の書き込みで、「五十三」という数字が、小さく記されていた。それは、伊佐治が、娘が死んだ晩に語っていた話が、その怪談集の何番目の話に当たるかを、書き記した数字だった。
頁、五十三、内容確認。
家族がその本を調べると、五十三話目こそが、まさに娘の死に方と同じ筋の話だった。伊佐治は、生涯、その話だけを、一度も自分の口では語らなかった。ただ、最後の晩、誰かが、その頁を開いて、伊佐治の枕元に置いたのだった。
誰が置いたのか、家族の誰も知らない。