影法師に、借りを作るな。日暮れの影が、長く伸びていたら、その日のうちに、良いことを、してやらねば。
両国の子供たちの間で、そう歌うように言い伝えられていた。ある子供、伊之助が、その言い伝えを馬鹿にして、日暮れの長く伸びた影に向かって、石を投げて遊んだ。友達はそれを止めたが、伊之助は聞かず、影を踏みつけて笑った。
影法師に、借りを作った。
その晩から、伊之助は、寝ている間に、体のどこかが痛むようになった。痛む場所は、いつも、あの日、影を踏みつけた足の形と同じだった。三日目の夜、伊之助は痛みに耐えかねて、影に向かい、涙ながらに詫びを言った。翌朝、痛みは消えていた。
影法師に、借りを返した。
伊之助はそれ以来、日暮れの長い影に気づくたび、必ず何か良いことをしてやることにした。ある年、伊之助は、影が伸びた日に限って、決まって翌日、雨が降ることに気づいた。長屋の者たちは、伊之助が「今日は影が長かったから、明日は傘を持ちな」と言うのを、いつも信じるようになった。
影法師に、借りを作るな。
伊之助自身は、それを、影への礼儀だと思い続けていた。実のところ、それは、体が湿り気を感じ取って、影を長く感じさせていただけなのかもしれない。
伊之助は、大人になっても、そのことに気づいていない。