江戸怪談百物語 / 第34夜 / 両国・影踏み

影法師の借金

かげぼうしのしゃっきん
灯芯とうしんを一本、消す。

影法師に、借りを作るな。日暮れの影が、長く伸びていたら、その日のうちに、良いことを、してやらねば。

両国の子供たちの間で、そう歌うように言い伝えられていた。ある子供、伊之助いのすけが、その言い伝えを馬鹿にして、日暮れの長く伸びた影に向かって、石を投げて遊んだ。友達はそれを止めたが、伊之助いのすけは聞かず、影を踏みつけて笑った。

影法師に、借りを作った。

その晩から、伊之助いのすけは、寝ている間に、体のどこかが痛むようになった。痛む場所は、いつも、あの日、影を踏みつけた足の形と同じだった。三日目の夜、伊之助いのすけは痛みに耐えかねて、影に向かい、涙ながらに詫びを言った。翌朝、痛みは消えていた。

影法師に、借りを返した。

伊之助いのすけはそれ以来、日暮れの長い影に気づくたび、必ず何か良いことをしてやることにした。ある年、伊之助いのすけは、影が伸びた日に限って、決まって翌日、雨が降ることに気づいた。長屋の者たちは、伊之助いのすけが「今日は影が長かったから、明日は傘を持ちな」と言うのを、いつも信じるようになった。

影法師に、借りを作るな。

伊之助いのすけ自身は、それを、影への礼儀だと思い続けていた。実のところ、それは、体が湿り気を感じ取って、影を長く感じさせていただけなのかもしれない。

伊之助いのすけは、大人になっても、そのことに気づいていない。

この話について
編者の後書き
子供たちが歌うように伝える禁忌の言葉を、そのまま各段落の冒頭に置く構成にした。童謡めいた反復のリズムで、迷信と実際の体感との境目を、意識させないまま進めている。
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江戸怪談百物語 全99夜
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