多摩のある村では、毎年祭りの晩に、くじで一人を選び、山の頂の祠まで米俵を担がせる習いがあった。当たった者だけが、頂で、山男に似た大きな影を見るという。
ある年、旅の学者がこの村に立ち寄り、くじの様子を見て、村人に尋ねた。「これは、山男などではなく、単なる力仕事の当番決めではないのですか」村の長老、太郎兵衛だけが、この問いに答えなかった。太郎兵衛は、若い頃、実際に頂で影を見て、それに命を助けられたことがあった。崖から落ちかけたところを、影が、背中を支えるように止めてくれたという。
その年のくじで当たった若者は、拍子抜けした様子で、あっさりと俵を担ぎ、山を登った。頂に着いた若者は、いつもとは違うものを見た。影は、いつもよりもずっと小さく、うろたえたように、右往左往していた。
若者は、その様子を見て、思わず、影に向かって声をかけてみた。「怖がらなくていい。俵は、ちゃんと届けたから」影は、その声に応えるように、少しだけ大きくなった。若者はそれを、誰にも話さなかった。ただ、村に戻ってから、以前よりも深く、山に向かって頭を下げるようになった。
学者は、別の村へ向かう途中、自分の問いが、何かを静かに壊してしまったことに、まだ気づいていない。