本所で、葬送の夜、遺族が、亡くなった者の影を、地面に映して見送るという習いがあった。月明かりの下、棺を担ぐ者たちの影が、長く伸びる様子を、遺族は黙って見つめる。
ある葬送の晩、遺族の一人、おとよが、伸びた影の中に、亡くなった夫の影が、一緒に混じって歩いているのを見た。夫は長患いの末に亡くなり、最後の数月は、ろくに言葉も交わせなかった。おとよは、影の中の夫の姿だけは、はっきりと若い頃の背格好をしていることに気づいた。
月が雲に隠れる、ほんの一瞬。
影が薄くなったその間だけ、夫の影が、おとよの方を向いて、小さく頭を下げるのが見えた。おとよはそれを、誰にも言わず、心の中だけにしまっておいた。
その後、おとよは毎年、同じ月の晩に、同じ場所で、影を見つめる習いを続けている。ある年、月が雲に隠れる、あの一瞬を、また待つようになった。だが、何年経っても、その一瞬は、二度と訪れなかった。おとよは、あの晩、夫があの一度だけ、頭を下げてくれたのだと、今は思っている。
それ以上を望むのは、贅沢なことなのかもしれない。