御届書。一件、通行手形改めにつき、奇妙の儀ありし件。
品川の関所で、通行手形を改める役目を務めていた与市という男がいた。ある日、一人の女が通行手形を持って現れた。手形には、生国、名、行き先が記されていたが、発行された日付が、十年も前のものだった。手形は本来、発行から一年以内に使わねば無効になる。
女は、「これしか持っておりません」と言うだけだった。上役に相談し、手形の発行元とされる村役人の名を確かめると、その村役人は、すでに八年前に亡くなっていることが分かった。
女に事情を尋ねても、「急いでおります。通してくださいませ」と繰り返すのみ。その日はひとまず、女を関所の宿に留めることにした。
翌朝。宿に女の姿はなかった。ただ、手形だけが、畳の上に置かれていた。念のため、女の生国とされる村まで人を送って調べさせた。
戻ってきた者の報告。その村には、たしかに手形に記された名の女がいたという記録が残っていたが、その女は、手形が発行された年の冬、流行り病で亡くなっていた。すなわち、女は手形の発行された年に、すでに亡くなっていたことになる。
与市はこの一件を、関所の帳面に詳しく書き残した。末尾にはこう付け加えている。「かの女、いずこへ向かおうとしていたか、いまだ知れず。もし再びかの女、当関所に現れることあらば、通すべきか、留めるべきか、後任の者、よく思案されたし」
写しの端には、与市自身の手で、小さく「無事に着かれよ」と書き添えられている。誰に向けた言葉なのか、今の子孫たちにも、はっきりとは分からない。ただ、正月にこの写しを眺めるとき、家族の誰もが、その一文だけは、必ず声に出して読み上げることにしている。
声に出すことで、あの女の旅が、少しでも安らかなものになるようにと、誰もが密かに願っているからだった。