灯芯、残りの丈。燃焼の速さ。計算、店の開業から百年目の日に、燃え尽きる。
深川に、百物語の会のために、灯芯を用意することを専門にする小さな茶屋があった。茶屋の主人、久兵衛は、長年、様々な百物語の会に、灯芯を納め続けてきた。久兵衛には、若くして怪談語りの道に憧れながら、口下手で一度も舞台に立てなかった、という若い頃の心残りがあった。
灯芯、一本だけ。
ある客が、久兵衛に尋ねた。「これまで納めた灯芯の中で、最後まで灯り続けたものはあるか」久兵衛は少し考えて、「一つだけ、ございます」と答えた。その灯芯は、ある会で、誰も百話目を語れず、九十九話のまま会が終わった晩のものだという。久兵衛はその灯芯を、燃え尽きるに任せず、途中で消して、店の奥に大切に保管している。
灯芯、丈を測る。
久兵衛は、几帳面な男で、灯芯が燃える速さを、いつも同じ長さになるよう、丁寧に作っていた。ある日、久兵衛は、あの灯芯の残りの長さを測り、これまでの燃え方から、あとどれだけ灯せば燃え尽きるかを、計算してみた。答えは、久兵衛の店が開いてから、ちょうど百年目の日に、燃え尽きる長さだった。
灯芯、見届けられぬ日。久兵衛は、自分がその日を、見届けられないことを知っている。それでも、久兵衛はその灯芯を、誰にも見せず、大切に保管している。語れなかった百話目を、この灯芯だけが、まだ抱えたままでいてくれる。
久兵衛には、そんな気がしている。