江戸怪談百物語 / 第75夜 / 深川・怪談茶屋

百物語の火

ひゃくものがたりのひ
灯芯とうしんを一本、消す。

灯芯とうしん、残りの丈。燃焼の速さ。計算、店の開業から百年目の日に、燃え尽きる。

深川に、百物語の会のために、灯芯とうしんを用意することを専門にする小さな茶屋があった。茶屋の主人、久兵衛きゅうべえは、長年、様々な百物語の会に、灯芯とうしんを納め続けてきた。久兵衛きゅうべえには、若くして怪談語りの道に憧れながら、口下手で一度も舞台に立てなかった、という若い頃の心残りがあった。

灯芯とうしん、一本だけ。

ある客が、久兵衛きゅうべえに尋ねた。「これまで納めた灯芯とうしんの中で、最後まで灯り続けたものはあるか」久兵衛きゅうべえは少し考えて、「一つだけ、ございます」と答えた。その灯芯とうしんは、ある会で、誰も百話目を語れず、九十九話のまま会が終わった晩のものだという。久兵衛きゅうべえはその灯芯とうしんを、燃え尽きるに任せず、途中で消して、店の奥に大切に保管している。

灯芯とうしん、丈を測る。

久兵衛きゅうべえは、几帳面ちょうめんな男で、灯芯とうしんが燃える速さを、いつも同じ長さになるよう、丁寧に作っていた。ある日、久兵衛きゅうべえは、あの灯芯とうしんの残りの長さを測り、これまでの燃え方から、あとどれだけ灯せば燃え尽きるかを、計算してみた。答えは、久兵衛きゅうべえの店が開いてから、ちょうど百年目の日に、燃え尽きる長さだった。

灯芯とうしん、見届けられぬ日。久兵衛きゅうべえは、自分がその日を、見届けられないことを知っている。それでも、久兵衛きゅうべえはその灯芯とうしんを、誰にも見せず、大切に保管している。語れなかった百話目を、この灯芯とうしんだけが、まだ抱えたままでいてくれる。

久兵衛きゅうべえには、そんな気がしている。

この話について
編者の後書き
灯芯とうしんの残りの長さを測定し、燃え尽きる日を計算する過程を、技師の報告書のような形式で示す構成にした。灯芯とうしんという道具の物理的な性質だけで、未来の日付を導き出している。
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江戸怪談百物語 全99夜
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