江戸怪談百物語 / 第57夜 / 日本橋・両替商

動かない番頭ばんとう

うごかないばんとう
灯芯とうしんを一本、消す。

「いたしかねます」

日本橋の両替商に、忠一ちゅういちという番頭ばんとうがいた。ある日、主人から、貧乏神が住み着いているという噂のある家への、無理な取り立てを頼まれた忠一ちゅういちは、静かにそう答えた。理由を問われても、忠一ちゅういちはそれ以上、何も語らなかった。

「いたしかねます」

主人は怒ったが、忠一ちゅういちは変わらず、他の仕事はきちんと務め続けた。ただ、その一件だけは、何度言われても、同じ言葉を返した。忠一ちゅういちが長年書き続けてきた帳面ちょうめんを、後に主人が見返してみると、忠一ちゅういちが取り立てを拒んだ家は、これまでに七軒あった。主人が念のため、その七軒の後の様子を調べてみると、七軒とも、断った翌年から、店の格が一段ずつ上がっていた。

「いたしかねます」

逆に、忠一ちゅういちの代わりに他の番頭ばんとうが取り立てに行った家は、その後、傾く店が多かった。主人は、忠一ちゅういちが何かの力で見抜いているのか、それとも、ただの偶然なのか、判じることができなかった。

「いたしかねます、が」

それ以来、忠一ちゅういちが同じ言葉を言ったときだけは、主人も無理に命じないことにした。忠一ちゅういちが座っていた帳場の隅には、今も、七軒の家の名だけが書かれた、小さな紙が貼られている。誰が貼ったのか、今の主人も知らない。ただ、その紙にはもう一行、忠一ちゅういちの筆で、こう書き添えられている。

「これだけは、続けさせていただきます」

この話について
編者の後書き
忠一ちゅういちの拒絶の言葉「いたしかねます」を、そのまま各段落の冒頭に反復して置く構成にした。同じ台詞を繰り返す頑固さそのものを文体化し、最後に一言だけ変化させることで、忠一ちゅういちの意志の強さを示している。
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江戸怪談百物語 全99夜
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