満月、影を落とす。上弦、影を落とす。……月の位置、記録。文字、浮かぶ夜、限定される。
本所の研ぎ屋、権三のもとに、三日月の形をした刃紋を持つ、古い刀が持ち込まれた。持ち主は、これを研いでほしいと言うだけで、由来を語らなかった。研ぎ師が刀を研ぎ始めると、刃の上に、三日月の光が、実際に映るような気がした。
月の位置、確認。
権三は、満月の晩、試しに、その刀を月明かりにかざしてみた。刃の反りが作る影が、地面に、はっきりとした文字の形を落とした。一文字だけの、簡単な名だった。
月の位置、他の夜。
他の月の位置で試しても、同じ文字は現れなかった。満月の晩、しかも、ある特定の高さに月がある時だけ、その影は文字になった。
銘、確認。
権三は、それが、この刀を最初に打った刀匠の名ではないかと考えた。銘を確かめようとしたが、柄を外しても、刀身には、何の銘も刻まれていなかった。刀匠は、自分の名を、刃紋そのものの形に、月明かりでだけ読めるように、隠していたのだった。
持ち主、驚く。
研ぎ上がった刀を渡すとき、権三はそのことを伝えた。持ち主は驚いた顔をして、「それは、私の遠い先祖の名です」と言った。
持ち主は、それまで、この刀が誰の手によるものかを、知らずに大切にしてきたのだった。