江戸怪談百物語 / 第91夜 / 両国・提灯ちょうちん貸し

提灯ちょうちんの返し忘れ

ちょうちんのかえしわすれ
灯芯とうしんを一本、消す。

蝋燭ろうそくの丈、貸した晩から、測り直してみる。

両国で提灯ちょうちんを貸す商いをしている店に、ある客が、提灯ちょうちんを借りたまま、長く返しに来なかった。店主の弥七やしちは、貸し賃を諦めて、それきりにしていた。

丈、変わらず。

幾年か経ったある晩、その提灯ちょうちんが、誰も持ってきた様子もなく、店先に、そっと置かれているのを見つけた。灯りは消えていたが、まだ新しいろうそくが、中に入っていた。提灯ちょうちんそのものは、貸した時と、まったく変わらない姿をしていた。何十年も外に置かれていたはずなのに、傷みも汚れもない。

蝋燭ろうそくの丈、灯してみる。

弥七やしちは、念のため、灯りをつけて、燃え具合を確かめてみた。蝋燭ろうそくは、貸した晩に灯した分の丈だけが、きっちり短くなっていた。この蝋燭ろうそくは、貸した最初の晩、一晩だけ使われて、それ以降は、一度も灯されていないことになる。

丈と、傷みの差、測れず。

弥七やしちは、それがどういうことか、しばらく分からなかった。あの客は、借りたその晩のうちに、どこかへ行ってしまったのだ。提灯ちょうちんだけが、その一晩の記憶のまま、何十年もの時を、そのままの姿で運ばれてきた。

丈、今夜も測る。

弥七やしちはそれ以来、貸し出す提灯ちょうちんの一本一本に、少しだけ丁寧に灯りを入れるようになった。

誰の手に渡っても、いつか、こうして戻ってくることがあるのかもしれないと、弥七やしちは思うようになっている。

この話について
編者の後書き
「測る」という動作を各段落の冒頭に置き、蝋燭ろうそくの長さという一点だけを繰り返し確認していく構成にした。感情語をほとんど使わず、計測という行為の反復だけで、時間の矛盾を浮き上がらせている。
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