江戸怪談百物語 / 第60夜 / 青梅・山道

森の中の疑い

もりのなかのうたがい
灯芯とうしんを一本、消す。

青梅の若い樵、辰蔵たつぞうが、ある夜、村の女房にょうぼうたちが皆、森の奥で秘密の集まりを持っているという噂を聞いた。辰蔵たつぞうは自分の女房にょうぼうも、その集まりに加わっているのではないかと疑い、夜、こっそり森に入って確かめてみることにした。

森の奥には、たしかに火が焚かれ、村の女たちが集まっていた。辰蔵たつぞうは木の陰から覗いたが、火を囲む女たちの影の中、一人だけ、他の誰よりも頭一つ大きく、白髪が異様に長く伸びているように見えた。辰蔵たつぞうはそれを気のせいだと思おうとしたが、目を離せなかった。

辰蔵たつぞうは恐ろしくなって家に帰り、それ以来、女房にょうぼうを、以前とは違う目で見るようになった。数年後、辰蔵たつぞうはようやく、女房にょうぼうに問いただした。女房にょうぼうは笑って、「あれは、ただの繕い物の集まりですよ。ただ、この村の女たちの間には、山姥様に見守っていただく、という古い作法が残っているだけです」と言った。

辰蔵たつぞうは、女房にょうぼうが「山姥様」と口にしたとき、その声の調子が、母を亡くしてから一度も聞いたことのない、誰かに教わるような、柔らかい響きをしていたことに気づいた。辰蔵たつぞう自身は、母を知らずに育ち、そういう声で誰かに何かを教わったことがなかった。

辰蔵たつぞうは、女房にょうぼうの声の中に、自分には入れない場所があることを、その響きだけで悟った。

この話について
編者の後書き
暦の日付を数えて一致させる仕掛けから、女房にょうぼうの声の調子そのものに、辰蔵たつぞうの知らない領域を感じ取るという、聴覚的な発見に変えた。日付という客観的な証拠ではなく、声の響きという主観的な気づきに置き換えている。
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江戸怪談百物語 全99夜
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