浅草の裏路地に、名も知れない賭けの場があった。客は、ただ「賽の目」と呼んだ。取り仕切る親分は、代々「賽蔵」の名を継ぐ。今の代は、まだ若い男だった。
ある晩、賽蔵は、自分の父から受け継いだ賽の一つに、わずかな仕掛けが施されていることに気づいた。特定の目が、わずかに出やすくなるよう、重心が偏らせてある。父は、長年、この賽を使って、客から余分に稼いでいたのだった。
賽蔵は、それを知って、腹の底から怒りが湧いた。客たちは、公正な賭けだと信じて、この場に金を賭けてきたのだ。賽蔵は、その晩のうちに、仕掛けのある賽を、すべて割って捨てた。新しい賽を、自分の目の前で作り直し、誰の手も入っていないことを、客たちに見せてから、使うようにした。
「前より勝てなくなった」と、こぼす客もいた。賽蔵は、「それが本当の目です」とだけ答えた。稼ぎは減ったが、賽蔵は、この場を、父の代とは違うものにできたことに、静かな満足を感じている。理不尽に稼がれた金は、もう誰からも取らない。
それだけが、賽蔵の、父への唯一の反抗だった。