江戸怪談百物語 / 第18夜 / 浅草・賽子場

賽の目

さいのめ
灯芯とうしんを一本、消す。

浅草の裏路地に、名も知れない賭けの場があった。客は、ただ「賽の目」と呼んだ。取り仕切る親分は、代々「賽蔵さいぞう」の名を継ぐ。今の代は、まだ若い男だった。

ある晩、賽蔵さいぞうは、自分の父から受け継いだ賽の一つに、わずかな仕掛けが施されていることに気づいた。特定の目が、わずかに出やすくなるよう、重心が偏らせてある。父は、長年、この賽を使って、客から余分に稼いでいたのだった。

賽蔵さいぞうは、それを知って、腹の底から怒りが湧いた。客たちは、公正な賭けだと信じて、この場に金を賭けてきたのだ。賽蔵さいぞうは、その晩のうちに、仕掛けのある賽を、すべて割って捨てた。新しい賽を、自分の目の前で作り直し、誰の手も入っていないことを、客たちに見せてから、使うようにした。

「前より勝てなくなった」と、こぼす客もいた。賽蔵さいぞうは、「それが本当の目です」とだけ答えた。稼ぎは減ったが、賽蔵さいぞうは、この場を、父の代とは違うものにできたことに、静かな満足を感じている。理不尽に稼がれた金は、もう誰からも取らない。

それだけが、賽蔵さいぞうの、父への唯一の反抗だった。

この話について
編者の後書き
客の死という運命論的な悲劇から離れ、父の不正に気づいた賽蔵さいぞうの怒りと、それを正すという意志の話に変えた。理不尽への静かな抵抗を、この話の中心的な感情にしている。
← 前の話第17夜 祝いの日 次の話 →第19夜 往来切符
江戸怪談百物語 全99夜
第1夜文使い 第2夜三味線 第3夜湯屋ゆや 第4夜損料屋 第5夜髪結かみゆいい 第6夜蕎麦そば屋台 第7夜質屋しちや 第8夜花火師 第9夜十間店の噂 第10夜花見 第11夜かわたれ 第12夜文字売り 第13夜三人の証言 第14夜絵草紙 第15夜あとを追う男 第16夜借金取り 第17夜祝いの日 第18夜賽の目今、ここ 第19夜往来切符 第20夜箱の中 第21夜影の分だけ 第22夜夜番 第23夜双子の橋 第24夜最後の客 第25夜百物語のあと 第26夜役者絵 第27夜三つの願い 第28夜聊斎の客 第29夜能面の女 第30夜三つ子の産婆 第31夜忘れ物 第32夜蜘蛛の糸 第33夜永代橋の約束 第34夜影法師の借金 第35夜蔵の中の声 第36夜柳の下の男 第37夜首なし地蔵 第38夜百夜通い 第39夜読めない文 第40夜鏡師の遺言 第41夜羅生門の跡 第42夜変身 第43夜三人姉妹 第44夜狂気の沼 第45夜桶の中の顔 第46夜辻斬りの家 第47夜狐の嫁入り 第48夜虫の音 第49夜千両箱 第50夜消えた花嫁 第51夜耳無し芳一の弟 第52夜蛍の宿 第53夜竈かまどの中の声 第54夜紙人形の恋 第55夜鴉の遺言 第56夜くじの村 第57夜動かない番頭ばんとう 第58夜覚え違いの家庭教師 第59夜寄せ集めの人形 第60夜森の中の疑い 第61夜菊の約束 第62夜葦を刈る女 第63夜双六の果て 第64夜蜃気楼しんきろうの店 第65夜木霊の宿題 第66夜蝸牛の使者 第67夜百物語を辞める男 第68夜かかし問答 第69夜氷売りの影 第70夜蝙蝠問屋 第71夜錠前屋の鍵 第72夜提灯ちょうちんの灯り分け 第73夜蟬の宿替え 第74夜紅葉の便り 第75夜百物語の火 第76夜開かずの間 第77夜竹取の後日 第78夜酒呑みの罠 第79夜反物たんものの行方 第80夜蟻の行列 第81夜三日月の刀 第82夜硯の中の海 第83夜駕籠かごの中の声 第84夜金魚の目 第85夜蝶の遺言 第86夜石の記憶 第87夜三味線堀の月 第88夜蜻蛉の道しるべ 第89夜竹箒の踊り 第90夜縄暖簾のれんの声 第91夜提灯ちょうちんの返し忘れ 第92夜百足の忠告 第93夜鶴の恩返しの後 第94夜百物語の百一話目 第95夜影送り 第96夜九十九の灯 第97夜灯芯とうしんの続き 第98夜宮崎の灯 第99夜最後の灯芯とうしん