えっさ、えっさ。品川の坂を、駕籠が登る。伝次と久助、二人の呼吸が合う。
ある夜、客を乗せて坂を登っていた。えっさ、えっさ。駕籠の中から、客の声にしては妙に低い声で、「もう少し、ゆっくり。この子が、揺れて苦しがっています」という声が聞こえた。
えっさ、ゆっくり。
駕籠かきは、客の要望通り、歩みを緩めた。坂を登り切ったところで、駕籠を降ろし、垂れを開けると、客はすでに眠っていた。声をかけて起こすと、客は「そんなことを言った覚えはない」と不思議そうな顔をした。年配の久助が、その言葉を聞いて、顔色を変えた。「産女だ」
えっさ、増える重さ。
伝次は、日頃から、駕籠に乗せた客の重さを、天秤棒のしなり具合で、おおよそ言い当てることができた。あの晩、担ぎながら、伝次は妙な軽い重さの増減を感じていた。後になって、いつも使う天秤棒に目印をつけ、同じ体格の客を乗せて、重さを測り直してみた。あの晩感じた増減は、生まれたばかりの赤子一人分の重さと、ちょうど同じだった。
えっさ、えっさ、今夜も。
伝次と久助は、それ以来、坂道で「ゆっくり」という声が聞こえたときは、客が眠っていても、必ずそれに従うようにしている。久助自身、若い頃、産褥で妻子を亡くしていた。
あの重さの分だけ、誰かの子を、無事に運んでやれたのだと、久助は今も、密かに思っている。