本所で機を織る仕事をしているお絹という女がいた。お絹には、幼くして機屋に嫁ぎ、厳しい姑に仕えた過去があった。ある夜、機を織っていると、天井の隅から、一本の細い糸が垂れてきた。翌晩も、同じ場所から糸が垂れてきた。お絹はふと、その糸を手に取ってみた。触れた瞬間、お絹の頭の中に、まったく知らない女の記憶が流れ込んできた。若くして機屋に嫁ぎ、厳しい姑に仕え、報われぬまま病で死んだ女の一生だった。
お絹は、その記憶の中に、一つだけ、はっきりと覚えている場面があった。女が、最後の力を振り絞って、機に向かい、一言も告げずに、何かを織ろうとしていた場面だった。何を織ろうとしていたのか、記憶はそこで途切れていた。
お絹はその糸を、自分の織る布に、そっと織り込んでみることにした。糸は布の中に馴染み、誰にも分からない一本になった。その晩から、糸は二度と垂れてこなくなった。
お絹の織った布は、後にある家の嫁入り道具として売られていった。買った家の者は、その布に、なぜか特別な温かみを感じると言った。お絹は、それを聞いて、あの女が最後に織ろうとしていたものが、誰かを祝う布だったのかもしれないと思うようになった。
織り終えられなかった想いを、自分の手で、代わりに終わらせてやれたのだと、お絹は感じている。