「昔、この長屋にね、夫婦が住んでいた」
おとせは、茶を一口飲んで、そう切り出す。
夕暮れになると、近所の子供たちが土間に集まって、この続きをせがむのが、いつもの習いだった。おとせは、日が完全に落ちる前の、かわたれ時にしか語らない。なぜかと聞いても、答えたことはない。
「女房が身重でね。産み月が近かった」
亭主は薪売りで、毎日遠くまで出かけていた。ある晩、帰りが遅くなり、かわたれ時に長屋の路地に入ったところ、井戸のそばに、自分の女房と瓜二つの女が立っていた。声をかけると、女はすうっと井戸の中に消えた。慌てて家に戻ると、女房は普段と変わらぬ様子で、夕飯の支度をしていた。
「それで、女房さんはどうなったの」子供の一人が、身を乗り出して聞く。
おとせは少し黙って、それから続ける。産み月が来て、女房は無事に子を産んだ。だが、亭主が産婆を呼びに走った、まさにそのかわたれ時、井戸の女の姿は、二度と見えなくなったという。
「井戸の女は、きっと女房さんを守っていたんだね」別の子供が言う。
おとせは、それには答えず、ただ湯呑みを置く。
子供たちが帰った後、おとせは一人になった土間で、語らなかった続きを思い出す。生まれた子は、母親によく似ていたが、右の目の下に、井戸の女とまったく同じ、小さな黒子があった。亭主はそれを見て、それ以上何も言わず、以来、かわたれ時に外を出歩くことを、二度としなかったという。
なぜかわたれ時にしか語らないのか。おとせ自身も、うまく答えられないだろう。ただ、その刻限にだけ、口が自然とその話を語りたがる。
長屋の子供たちは、今も夕暮れになると、おとせの家に集まってくる。おとせは変わらず、かわたれ時にしか語らない。子供たちの中には、いつか自分も、おとせのような婆になって、同じ話を、同じ刻限に、誰かに語ることになるのだろうかと、ふと考える子もいる。
長い間この長屋に住んでいるおとせは、自分の右の目の下にも、小さな黒子があることを、誰にも話したことがない。