一晩目、刻限、九つ。二晩目、刻限、八つ半。三晩目、刻限、八つ。……刻限、毎晩早まる。
本所に、長く空き家になっている一軒があった。かつて、この家に住んでいた浪人が、辻斬りを働いた末、自身も斬られて亡くなったという言い伝えがあった。貧しい浪人、佐平次が、宿を求めてこの空き家に潜り込んだ。夜半、庭先で、刀を交える音が聞こえた。月明かりの下、二つの影が斬り合っていた。片方が斬られ、倒れる。もう片方が、静かに刀を鞘に納め、消えていった。
刻限、線香で計測。
佐平次は、幾晩も同じ光景を見るうち、その刻限が、毎晩少しずつ、早くなっていくことに気づいた。線香を使って時を計ってみると、毎晩、決まった分だけ早くなっている。
刻限、道のりと一致。
佐平次は、その進み方を、本所の自身番から、奉行所のある場所までの道のりを、普通の足で歩いた場合の刻限と、比べてみた。二つは、ぴたりと合っていた。影は、毎晩、少しずつ、奉行所へ向かう道のりを、歩み続けていたのだった。まるで、何十年もかけて、ようやく自訴するために、歩いているかのようだった。
刻限、最後。
佐平次はある晩、思い切って、斬られる方の影に声をかけてみた。「もう少しで着くぞ」影は、こちらを向いて、初めて、静かに頭を下げた。
翌朝、佐平次はその空き家を去ったが、その後、この家で同じ光景を見た者はいない、と伝えられている。