江戸怪談百物語 / 第46夜 / 本所・空き家

辻斬りの家

つじぎりのいえ
灯芯とうしんを一本、消す。

一晩目、刻限こくげん、九つ。二晩目、刻限こくげん、八つ半。三晩目、刻限こくげん、八つ。……刻限こくげん、毎晩早まる。

本所に、長く空き家になっている一軒があった。かつて、この家に住んでいた浪人が、辻斬りを働いた末、自身も斬られて亡くなったという言い伝えがあった。貧しい浪人、佐平次が、宿を求めてこの空き家に潜り込んだ。夜半、庭先で、刀を交える音が聞こえた。月明かりの下、二つの影が斬り合っていた。片方が斬られ、倒れる。もう片方が、静かに刀を鞘に納め、消えていった。

刻限こくげん、線香せんこうで計測。

佐平次は、幾晩も同じ光景を見るうち、その刻限こくげんが、毎晩少しずつ、早くなっていくことに気づいた。線香せんこうを使って時を計ってみると、毎晩、決まった分だけ早くなっている。

刻限こくげん、道のりと一致。

佐平次は、その進み方を、本所の自身番じしんばんから、奉行所のある場所までの道のりを、普通の足で歩いた場合の刻限こくげんと、比べてみた。二つは、ぴたりと合っていた。影は、毎晩、少しずつ、奉行所へ向かう道のりを、歩み続けていたのだった。まるで、何十年もかけて、ようやく自訴するために、歩いているかのようだった。

刻限こくげん、最後。

佐平次はある晩、思い切って、斬られる方の影に声をかけてみた。「もう少しで着くぞ」影は、こちらを向いて、初めて、静かに頭を下げた。

翌朝、佐平次はその空き家を去ったが、その後、この家で同じ光景を見た者はいない、と伝えられている。

この話について
編者の後書き
幻影の出現時刻を「一晩目、二晩目……」と線香せんこうで計測した記録として並べる構成にした。時刻が早まっていく様子そのものが、道のりを歩み続ける影の進行を、時計のように示している。
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江戸怪談百物語 全99夜
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