江戸怪談百物語 / 第85夜 / 上野・庭師

蝶の遺言

ちょうのいごん
灯芯とうしんを一本、消す。

蝶が、花の周りを飛ぶ。何年も。普通より長く。

庭師の久造が、それに気づく。

手のひらに、蝶が止まる。久造は、亡き妻の好きだった花の名を、長い間忘れていた。蝶が止まる花を、なんとなく、その花のように思う。

蝶が、動かなくなる。

久造は、根元に埋める。その場所の花だけ、早く咲く。

久造は、庭の記録を、長年、帳面ちょうめんにつけている。花の名を、確かめる。忘れていた妻の名の一字と、同じ読みだった。

無意識に、その花を、庭の一番目立つ場所に、植え続けていた。妻の名を、花の名に紛れさせて、庭に残していたのは、久造自身だった。

毎年、その花が咲く日。久造は、静かに祝う。妻の忌日のように。

この話について
編者の後書き
極端に文を短く、切って積み重ねる構成にした。感情の説明を一切省き、出来事だけを最小限の言葉で並べることで、俳句に近い経済性を試みている。
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江戸怪談百物語 全99夜
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