江戸怪談百物語 / 第61夜 / 播磨屋・友人

菊の約束

きくのやくそく
灯芯とうしんを一本、消す。

菊、蕾。菊、半開き。菊、満開。約束の日、満開の頃。

ある学者、左門が、旅先で病に苦しむ武士、赤穴宗右衛門あかなそうえもんを助け、二人は義兄弟の約束を結んだ。武士は、菊の咲く頃に必ず訪ねると約束して、故郷へ帰った。

菊、満開。

左門は約束の日、朝から友を待った。日が暮れても友は現れず、左門は一度は諦めかけた。だが、もう一晩だけ待つことにした。月明かりの中、友が静かに現れた。宗右衛門そうえもんは、故郷で主君に囚われ、約束の日に間に合わないと知り、その場で自らの命を絶ち、魂だけで千里の道を駆けてきたのだと語った。

左門は友の魂を丁重に迎え、共に一夜を過ごした。夜明けとともに、友の姿は静かに消えていった。左門は、友が座っていた場所に、なぜか一枚だけ、菊の花びらが落ちているのに気づいた。左門の庭に、その色の菊は咲いていない。

菊、別の庭に。

左門はその後、故郷へ赴き、友を陥れた者を討ち、その菩提を弔った。宗右衛門そうえもんの生まれた土地を訪れたとき、左門は、あの花びらと同じ色の菊が、宗右衛門そうえもんの生家の庭に、今も咲いていることを知った。

左門は、その一枚の花びらだけが、宗右衛門そうえもんの魂が、故郷から本当に運んできた、唯一の証だったのだと思うようになった。

この話について
編者の後書き
菊の開花段階「蕾、半開き、満開」を暦のように示し、約束の日をその中に位置づける構成にした。花の咲く時間の流れが、そのまま物語の緊張を測る目安になっている。
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江戸怪談百物語 全99夜
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