菊、蕾。菊、半開き。菊、満開。約束の日、満開の頃。
ある学者、左門が、旅先で病に苦しむ武士、赤穴宗右衛門を助け、二人は義兄弟の約束を結んだ。武士は、菊の咲く頃に必ず訪ねると約束して、故郷へ帰った。
菊、満開。
左門は約束の日、朝から友を待った。日が暮れても友は現れず、左門は一度は諦めかけた。だが、もう一晩だけ待つことにした。月明かりの中、友が静かに現れた。宗右衛門は、故郷で主君に囚われ、約束の日に間に合わないと知り、その場で自らの命を絶ち、魂だけで千里の道を駆けてきたのだと語った。
左門は友の魂を丁重に迎え、共に一夜を過ごした。夜明けとともに、友の姿は静かに消えていった。左門は、友が座っていた場所に、なぜか一枚だけ、菊の花びらが落ちているのに気づいた。左門の庭に、その色の菊は咲いていない。
菊、別の庭に。
左門はその後、故郷へ赴き、友を陥れた者を討ち、その菩提を弔った。宗右衛門の生まれた土地を訪れたとき、左門は、あの花びらと同じ色の菊が、宗右衛門の生家の庭に、今も咲いていることを知った。
左門は、その一枚の花びらだけが、宗右衛門の魂が、故郷から本当に運んできた、唯一の証だったのだと思うようになった。