指が、髪の根元を探る。癖のある毛、傷んだ毛先、頭皮の硬さ。おしのは、それだけで、客の暮らしが分かる。
浅草の裏通りで女髪結いを営むおしのは、腕がよいと評判だった。結うのは早く、しかも髪が長く保つ。その中に、いつも同じ螺鈿の櫛を持ってきて、「これで結ってほしい」と頼む常連の女がいた。おしのはその櫛の柄が好きで、結うたびに手に取っては、細工の見事さに感心していた。
指が、櫛の背をなぞる。貝の光り方が、季節や日の傾きによって微妙に変わるのが、いつも楽しみだった。
その客が、ある月からぱたりと来なくなった。半年ほど経った、ある晩のこと。店を閉めようと片付けをしていたおしのの手元に、見覚えのある螺鈿の櫛が置かれていることに気づいた。しまっておいた棚を、翌朝確かめると、櫛はもうなくなっていた。
指が、空を探る。
おしのは、あの客が半年ほど前に、流行り病でにわかに亡くなっていたことを、別の客との世間話の中で聞いた。
指が、今も、その柄の形を覚えている。誰かに聞かれても、うまく説明できる気がしない。ただ、指がその形を覚えているだけだ。時折、新しい客の髪に螺鈿の櫛を見かけると、おしのは少しだけ、手を止める。
指が、弟子の髪に触れる。弟子には、「まずは、後ろに立って、その人の癖を覚えることだ」とだけ伝えた。それが、おしの自身がずっと大事にしてきたことだった。
あの螺鈿の櫛のことは、弟子には話さなかった。