三つ目、まだ言わない。井戸の水面が、竿の目盛りで、あと一度分しかないことを、藤吉は確かめていた。
本所の古井戸には、三つまで願いを叶えてくれるという言い伝えがあった。ただし、三度目の願いを言った者は、二度とその井戸に近づけなくなるという。
二つ目、すでに言った。
貧しい植木職人、藤吉が、まず「腕が良くなるように」と願った。腕は良くなったが、仕事が増えすぎて、体を壊した。次に「体が丈夫になるように」と願った。体は丈夫になったが、休みなく働かされ、家族と過ごす時間がなくなった。
一つ目、思い返す。
あの頃はまだ、井戸の水位が、どれだけあるかも知らなかった。願いというものが、限りある水のようなものだとは、思いもしなかった。
三つ目、ようやく言う。
藤吉は迷いながら、口にした。「もう、この井戸のことを忘れられますように」心の中では、幼い娘と過ごす時間が戻ってくることを、密かに願っていた。
翌朝、藤吉は井戸のことを、きれいに忘れていた。ただ、藤吉が忘れた後も、井戸の水面は、元の高さまで、ゆっくりと戻っていった。誰かがまた願いを言えるだけの水が、少しずつ、たまり直していたのだった。藤吉の孫が、ある日、古井戸を見つけて、面白がって願いを言ってみた。
水面は、また少しだけ下がった。