錠を作る。まず、歯の並びを決める。次に、その逆を作れば、開けられぬ錠になる。逆に、その逆の逆を作れば、どんな錠でも開く鍵になる――理屈では、そうなる。
神田で錠前を作る職人、宇之吉が、どんな錠でも開けられるという、一本の鍵を、興味本位で作り上げた。宇之吉には、同じ町内に、腕を競い合う同業の錠前屋がいた。ある年の品評会で、宇之吉はその男に負け、「お前の錠は、所詮誰にでも開けられる」と、酒の席で笑われたことがあった。この鍵は、その悔しさから、意地で作り始めたものだった。
歯を刻む。悔しさの分だけ、深く刻む。宇之吉はその鍵を、使う先が思いつかず、ひとまず懐にしまっておいた。
ある年、あの同業の男が作った、自慢の錠が、ある客の家に取り付けられた後、鍵を失くしてしまうという騒ぎが起きた。困った客は、宇之吉のもとへ、開けられないかと頼みに来た。
歯を、合わせる。
宇之吉は、意地で作った例の鍵を、恐る恐る試してみた。歯の並びを見比べて、宇之吉は妙なことに気づいた。自分の鍵の歯の形は、あの男の錠の歯の形と、ちょうど鏡に映したように、上下左右が逆になっていた。まるで、あの男の錠を打ち破るためだけに、自分の腕が、無意識にその形を選んでいたかのようだった。
鍵は、その錠を、一度で開けた。
宇之吉は、その場では黙っていたが、家に帰ってから、鍵と錠の歯形を並べて、もう一度確かめた。悔しさだけで作ったつもりの鍵が、結局は、あの男の腕を、正確に見抜いていたのだと、宇之吉は思うようになった。
歯を、しまう。
それ以来、宇之吉はその鍵を、誰にも見せず、大切に持ち続けている。
「これを証明できるのは、皮肉にも、あの男だけだ」宇之吉はそう思うと、少しおかしくなった。