蔵書目録、第一項。書名不詳、漢籍。備考、泉山の亡妻、生前愛読。頁の擦れ、ある一節に集中。
本所の学者、宇田川泉山のもとに、ある晩、美しい女が訪ねてきた。書物の話をしたいという。泉山には、若くして亡くした妻がいた。女との語らいは、泉山に、妻と過ごした夜を思い出させた。
蔵書目録、第二項。
書名同上。備考、女、生前愛読と語る。頁の擦れ、第一項と同一の一節。
女は夜明け前に必ず帰り、また次の晩にやってきた。ある晩、泉山は女の手を取り、共に暮らさないかと申し出た。女は少し寂しげに笑って、「私は、もう死んでいる者です」と答えた。この屋敷に代々伝わる蔵書を守るために、幾百年も、書物の中に留まっている魂だという。
蔵書目録、注記。
第一項と第二項、同一書、同一頁の摩耗。二人の愛読者、生前一度も面識なし。
泉山は、女の姿に、亡き妻を重ねていたことを、そのとき初めて自覚した。女は夜明けの光の中に、静かに溶けるように消えていった。
泉山はその後、二冊の本を並べて、生涯手放さなかった。