下絵、一。輪郭。人形の顔、二。輪郭。重ねる。一致。
浅草で雛人形を作る職人、伊三郎が、自分の腕を試すために、誰にも頼まれていない一体の紙人形を、時間をかけて作り上げた。あまりに丁寧に作ったせいか、その人形には、どこか生きた表情があった。伊三郎は、若い頃に一度、想いを交わした女がいたが、家の事情で添うことができなかった。以来、伊三郎は、独り身のまま、人形作りだけに生きてきた。
伊三郎はその人形を、売らずに、自分の仕事場に飾っておいた。それから幾晩も、伊三郎は人形と、夜だけ言葉を交わすようになった。
下絵、発見。
伊三郎が年老いて亡くなったとき、家族が遺品を整理していると、古い文箱の底から、小さな紙に描かれた、若い女の顔の下絵が見つかった。それは、伊三郎が長年、誰にも見せなかった、あの人形の顔の下絵だった。
下絵と人形、重ねる。
家族が、その下絵の輪郭を、人形の顔に重ねてみると、寸分違わず一致した。下絵の紙の隅には、もう消えかけた字で、女の名が一文字だけ書かれていた。それは、伊三郎が若い頃、添えなかったと噂されていた女の名の、一字と同じだった。
家族は、その人形をどうするか迷ったが、結局、伊三郎の棺に一緒に納めることにした。
下絵だけは、誰にも見せず、そっと燃やした。