図録、第一図。死絵。描かれた役者、生前の依頼による作。制作者、歌川梅堂。
芝居町に、役者絵を描くことを生業とする絵師、歌川梅堂という男がいた。梅堂には、若くして役者を目指しながら、舞台に立てず絵師に転じた、という過去があった。ある人気役者が、梅堂に自分の死絵を、生きている今のうちに描いてくれと頼みに来た。梅堂は妙な依頼だと思いながらも、筆を執った。
図録、注記一。
この絵の完成後、数日を経て、描かれた役者は舞台上で急逝。死に顔は、絵と寸分違わなかったと伝わる。
図録、注記二。
後年、収集家が絵の具の重なりを拡大鏡で確認したところ、通常一息で描かれるはずの陰影部分に、何度も塗り重ねた跡が見られた。一晩で描かれたとは考えにくい筆致である。
図録、第二図。
同作者による下描き。所在、長らく不明とされていたが、ある晩、床の間に飾られているのが発見された。誰が飾ったかは、記録にない。
図録、注記三。
作者・梅堂は、これ以降、生者の死絵を手掛けていない。
舞台に立てなかった自身の代わりに、役者の最期を、誰よりも長く見つめ続けることで、その覚悟に触れようとしたのではないかと、後世の研究者は推測している。