神田の裏長屋に、代々使われている、古い双六の盤があった。ある晩、若者、清七がその盤で遊んでいると、盤の目が、自分の人生そのものに従っているような気がすると言い出した。清七は、駒の代わりに、いつも小さな印判を使っていた。父の形見で、店の証文に使う判子である。
清七は、この一年、患っていた父を看取り、店を継ぐという大きな節目を迎えたばかりだった。「振り出しに戻れ」という目が出るたびに、父を看取った日々が、もう一度繰り返されるような、重い気がしていた。
「上がり」まであと一目のところで、清七の手が止まった。判子を、盤の最後の一枠に進めれば、遊びは終わる。だが清七には、それがなぜか、父の証を、この盤の上で使い切ってしまうことのように思えた。
清七は、判子を進める代わりに、盤の上に、そっと置いたままにした。「これは、進めない」仲間はその言葉の意味を、正確には分からなかったが、それ以上茶化す気にはなれなかった。清七はその後、判子を、遊びに使うことを二度としなかった。店の証文にだけ、丁寧に押すようになった。盤は、その後も長屋に残り、次の子供たちの手に、変わらず渡り続けている。
清七の判子だけが置かれたままだった枠は、今も、そこにある。