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創作改稿 / 第3話 / 山屋やまや・山屋やまや川

最初の人

一緒に持てばいいと言ったのは、私だった。

紫波の伝承をもとにしたフィクションです。登場人物・現代の出来事は創作です。

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一緒に持てばいいと言ったのは、私だった。

雨が三週間続いた年、山屋やまや川の浅瀬で、丸い石が見つかった。岸の土が崩れ、水へ落ちたらしかった。子どもが腰かけるほどの大きさで、上の方だけ黒く出ていた。川の水かさが少し引いた朝だった。

坊主石ではないかと、誰かが言った。

水に入ると雨が続き、引き上げるとやむ。ただし、最初に手をかけた人は三年もたない。祖母から聞いた話と、川べりで聞かされた話とでは、石の大きさも、災いの起こり方も少しずつ違った。最初の一人だけは、どちらにも出てきた。

あれがその石だと知っている者はいなかった。

雨が続けば、田のことも、川沿いの家のことも心配になる。だからといって、石を上げれば晴れると、誰も言い切らなかった。集まって川を見ていると、やがて誰かが、上げておくだけなら、と言った。

六人いた。私がいちばん若かった。

町へ働きに出るようになってから、こういう集まりにはあまり顔を出していなかった。父が入院しているので、代わりに来た。父には、言われたことをやってくればいいと言われていた。

石まで行って、誰も触らずに戻るのも、具合が悪かった。手伝いに来ていた私の妻が、岸で待っていた。終わったら、父の病院へ行くことになっていた。

「一緒に持てばいいんじゃないですか」

六人で囲み、同じ掛け声で上げる。それなら、最初の人はいない。

一人が笑った。それから、いい考えだと言った。

幅の広い荷締めの帯を二本、車から持ってきた。雨は小やみになっていた。川の浅い方から近づき、石を挟むようにしゃがんだ。長靴の底で、小石が動いた。

「帯を下へ通さないと」

私が言った。誰も手を出さなかった。

一人が棒を取りに戻った。別の一人が細い針金を探し、帯の先へ結んだ。石と川床の間に小さな隙間があり、棒と針金で帯を通した。そこまでして触れずに済ませようとしていることが、私には少しおかしかった。

「道具で触ったのは、数えないな」

誰に聞いたのでもない声だった。隣の人が、持ち上げてないから、と答えた。

石には直接手をかけず、帯の端を六人で分けた。私の分だけ、少したるんでいた。隣の人を見て、私も同じ長さに持ち直した。

「声、お願いします」

隣の人が私を見た。

自分で思いついたのだから、声くらい出さなければと思った。父が戻ったあと、息子は役に立たなかったと言われるのも嫌だった。水の中で足を開き、帯を握り直した。

そのとき、もういいかい、と聞こえた。

私は、いいですよ、と答えた。

「せえの」

石はすぐに上がった。六人で持つと軽いなと、誰かが言った。私は、そうですねと答えた。岸へ置いて腰を伸ばしたとき、私だけ帯を握ったままで、みんなに笑われた。

妻は写真を撮っていた。始める前の石と、上げているところと、岸に置いたところを、続けて撮っておいたのだと言った。天気予報では、午後から晴れることになっていた。

その日の午後、雨はやんだ。

病院で父に話すと、そうか、と言った。私は同時に持った方法を説明した。父は、よく考えたなと言った。

三年たっても、六人とも元気だった。集まりで石の話が出ると、私は少し得意だった。父も退院し、翌年から自分で集まりへ行くようになった。

四年目には、もう数えなくなった。

五年目の春、妻が古い写真を整理していて、川の写真を見つけた。

画面の中で六人がかがみ、石を囲んでいた。雨粒が、水面に小さな輪を作っている。私は、思ったより自分が若いことを言った。妻は返事をしなかった。

「この帯、まだ、たるんでる」

石の底と川床の間に、水が見えた。石は浮いていた。

帯は水の中で曲がったままだった。六人とも手は帯の端にあり、石には届いていない。顔も、全員まだ下を向いていた。

妻は、続けて撮った写真を送った。最初の一枚では、石は川底にあった。次では、もう離れていた。その次で、帯が張っている。

ほかの五人へ写真を送った。年配の一人は、川の水でそう見えるだけだと言った。別の一人は、軽かったんだから、たいして力をかけなくても上がったんだろうと言った。

掛け声は私だったと、皆が覚えていた。一緒に持とうと言い出したのも、私だという。私も、その二つは覚えていた。

せえの、と言う前に、誰か何か言わなかったか。

返事は、すぐには来なかった。

写真の六人の顔を見ながら思い出そうとした。掛け声を出す前に、私は一人ずつ顔を見て、用意ができているか確かめたはずだった。写真の私は、川の方を見ていた。

私は、妻に聞いた。

「もういいかい、って声、覚えてる?」

妻はしばらく写真を見ていた。

「あなたが、いいですよ、って言ったのは覚えてる」

「その前の声は」

「川の音で、よく聞こえなかった」

父に電話をかけた。石を持ち上げたのが最初なのか、触ったのが最初なのか。昔は、どちらの話だったのかと聞いた。

父は、どっちだったかと言った。しばらく考えてから、六人とも何ともなかったんだから、それでよかったじゃないかと言った。

私は、そうだな、と答えた。父の薬が変わったという話を聞いて、電話を切った。

次の日曜、私は一人で川へ行った。

石は上げた場所にあった。岸の草が半分ほど覆っている。周りを歩いてみたが、どこへ手をかけたらよいか、見当がつかなかった。

川べりに立って、写真を開いた。帯が張る前の一枚だけを大きくした。六人は水の中で足を開き、石が上がるのを待っていた。

石は軽かったと、私は人に話した。あの日、岸へ置いて帯を緩めたときにも、急に手が楽になった覚えはなかった。初めから、重さを受けていなかったのかもしれない。

三年のあいだ、私は六人が元気かどうかを数えた。六人とも無事なら、誰も最初にはならなかったのだと思っていた。

石の川側へ回った。写真では、私の顔がこちらを向いている。誰かに、いいですよ、と返事をした顔だった。

背後で、水のはねる音がした。私は帯を持ったときと同じように、足を開いた。

振り向く前に、私は、いいですよ、と言いかけた。

私は口を閉じた。水音がやむのを待った。振り向けば、誰に返事をするところだったのか、確かめられるはずだった。

この話の足元

確認した資料
佐藤正雄『ふるさと物語』第80回/広報しわ第188号、1971年3月10日「坊主石の話」(紫波町公式サイトで確認、2026年11月8日閲覧)。
資料に記録された伝承
山屋の坊主石が川に入ると雨が続き、引き上げるとやむという伝承。最初に手をかけた人への災いと、日照りに石を川へ入れる雨乞いも語られる。石の現在地、現存状況、現在の行事は未確認。
『遠野物語』との関係
第109話の雨風祭と、人々が天候に働きかけようとする主題で対応する。藁人形を送る遠野の祭りと、紫波の坊主石の雨乞いは異なる伝承であり、同一の習俗・起源とはしていない。 第109話の原文へ →
創作した部分
現代の雨、共同作業、同時に持つ方法、帯と針金を使う手順、三年という期限、掛け声とその前の返事、写真、登場人物とその記憶は創作。実在の石の移動記録や、現在行われている行事を描いていない。

やさしい再話 / 原作本文とは異なります

『遠野物語』第109話

遠野では盆のころ、雨や風をまつるために、大きなわら人形を作ったという。

集落では世話をする家を決め、人々が集まって酒を飲んだ。そのあと、笛や太鼓を鳴らしながら、人形を道の分かれ目へ送っていった。

二百十日の雨風を、北の方へまつる。そんな意味の歌も歌った。

原作には、人形の顔や体の作り方と、虫祭の人形との違いも書かれている。

底本は青空文庫の新字新仮名版。短文化・語句の言い換え・一部省略をした再話初稿です。原作の細部・注記は、原文で確認できます。

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