一緒に持てばいいと言ったのは、私だった。
雨が三週間続いた年、山屋川の浅瀬で、丸い石が見つかった。岸の土が崩れ、水へ落ちたらしかった。子どもが腰かけるほどの大きさで、上の方だけ黒く出ていた。川の水かさが少し引いた朝だった。
坊主石ではないかと、誰かが言った。
水に入ると雨が続き、引き上げるとやむ。ただし、最初に手をかけた人は三年もたない。祖母から聞いた話と、川べりで聞かされた話とでは、石の大きさも、災いの起こり方も少しずつ違った。最初の一人だけは、どちらにも出てきた。
あれがその石だと知っている者はいなかった。
雨が続けば、田のことも、川沿いの家のことも心配になる。だからといって、石を上げれば晴れると、誰も言い切らなかった。集まって川を見ていると、やがて誰かが、上げておくだけなら、と言った。
六人いた。私がいちばん若かった。
町へ働きに出るようになってから、こういう集まりにはあまり顔を出していなかった。父が入院しているので、代わりに来た。父には、言われたことをやってくればいいと言われていた。
石まで行って、誰も触らずに戻るのも、具合が悪かった。手伝いに来ていた私の妻が、岸で待っていた。終わったら、父の病院へ行くことになっていた。
「一緒に持てばいいんじゃないですか」
六人で囲み、同じ掛け声で上げる。それなら、最初の人はいない。
一人が笑った。それから、いい考えだと言った。
幅の広い荷締めの帯を二本、車から持ってきた。雨は小やみになっていた。川の浅い方から近づき、石を挟むようにしゃがんだ。長靴の底で、小石が動いた。
「帯を下へ通さないと」
私が言った。誰も手を出さなかった。
一人が棒を取りに戻った。別の一人が細い針金を探し、帯の先へ結んだ。石と川床の間に小さな隙間があり、棒と針金で帯を通した。そこまでして触れずに済ませようとしていることが、私には少しおかしかった。
「道具で触ったのは、数えないな」
誰に聞いたのでもない声だった。隣の人が、持ち上げてないから、と答えた。
石には直接手をかけず、帯の端を六人で分けた。私の分だけ、少したるんでいた。隣の人を見て、私も同じ長さに持ち直した。
「声、お願いします」
隣の人が私を見た。
自分で思いついたのだから、声くらい出さなければと思った。父が戻ったあと、息子は役に立たなかったと言われるのも嫌だった。水の中で足を開き、帯を握り直した。
そのとき、もういいかい、と聞こえた。
私は、いいですよ、と答えた。
「せえの」
石はすぐに上がった。六人で持つと軽いなと、誰かが言った。私は、そうですねと答えた。岸へ置いて腰を伸ばしたとき、私だけ帯を握ったままで、みんなに笑われた。
妻は写真を撮っていた。始める前の石と、上げているところと、岸に置いたところを、続けて撮っておいたのだと言った。天気予報では、午後から晴れることになっていた。
その日の午後、雨はやんだ。
病院で父に話すと、そうか、と言った。私は同時に持った方法を説明した。父は、よく考えたなと言った。
三年たっても、六人とも元気だった。集まりで石の話が出ると、私は少し得意だった。父も退院し、翌年から自分で集まりへ行くようになった。
四年目には、もう数えなくなった。
五年目の春、妻が古い写真を整理していて、川の写真を見つけた。
画面の中で六人がかがみ、石を囲んでいた。雨粒が、水面に小さな輪を作っている。私は、思ったより自分が若いことを言った。妻は返事をしなかった。
「この帯、まだ、たるんでる」
石の底と川床の間に、水が見えた。石は浮いていた。
帯は水の中で曲がったままだった。六人とも手は帯の端にあり、石には届いていない。顔も、全員まだ下を向いていた。
妻は、続けて撮った写真を送った。最初の一枚では、石は川底にあった。次では、もう離れていた。その次で、帯が張っている。
ほかの五人へ写真を送った。年配の一人は、川の水でそう見えるだけだと言った。別の一人は、軽かったんだから、たいして力をかけなくても上がったんだろうと言った。
掛け声は私だったと、皆が覚えていた。一緒に持とうと言い出したのも、私だという。私も、その二つは覚えていた。
せえの、と言う前に、誰か何か言わなかったか。
返事は、すぐには来なかった。
写真の六人の顔を見ながら思い出そうとした。掛け声を出す前に、私は一人ずつ顔を見て、用意ができているか確かめたはずだった。写真の私は、川の方を見ていた。
私は、妻に聞いた。
「もういいかい、って声、覚えてる?」
妻はしばらく写真を見ていた。
「あなたが、いいですよ、って言ったのは覚えてる」
「その前の声は」
「川の音で、よく聞こえなかった」
父に電話をかけた。石を持ち上げたのが最初なのか、触ったのが最初なのか。昔は、どちらの話だったのかと聞いた。
父は、どっちだったかと言った。しばらく考えてから、六人とも何ともなかったんだから、それでよかったじゃないかと言った。
私は、そうだな、と答えた。父の薬が変わったという話を聞いて、電話を切った。
次の日曜、私は一人で川へ行った。
石は上げた場所にあった。岸の草が半分ほど覆っている。周りを歩いてみたが、どこへ手をかけたらよいか、見当がつかなかった。
川べりに立って、写真を開いた。帯が張る前の一枚だけを大きくした。六人は水の中で足を開き、石が上がるのを待っていた。
石は軽かったと、私は人に話した。あの日、岸へ置いて帯を緩めたときにも、急に手が楽になった覚えはなかった。初めから、重さを受けていなかったのかもしれない。
三年のあいだ、私は六人が元気かどうかを数えた。六人とも無事なら、誰も最初にはならなかったのだと思っていた。
石の川側へ回った。写真では、私の顔がこちらを向いている。誰かに、いいですよ、と返事をした顔だった。
背後で、水のはねる音がした。私は帯を持ったときと同じように、足を開いた。
振り向く前に、私は、いいですよ、と言いかけた。
私は口を閉じた。水音がやむのを待った。振り向けば、誰に返事をするところだったのか、確かめられるはずだった。