陰渡しは、話が人を経由して伝わる場所に居着く。廊下、喫煙所、会議の前の立ち話、誰かと誰かの間。そこを通る言葉に、必ず一人分の陰をかぶせる。
この妖怪が憑いた場では、誰も自分の言葉で話さなくなる。「〇〇さんがこう言っていた」「みんなそう思っているらしい」。必ず誰かを一人挟んで伝えるので、陰渡しが何を考えているのか、誰にもよく分からない。本人にも分かっていない。長く裏側に潜んでいるうちに、表と裏の区別そのものが分からなくなってしまったのだという。
誰かが成功すると、自分が失敗したような気持ちになる。誰かが褒められると、自分が否定されたように感じる。それでも直接邪魔することはしない。そんな勇気はない。代わりに、陰から小さな石を投げ、噂を流し、人を介して嫌味を伝える。夜中に相手の名前を検索したり、成功した相手のSNSを何度も見たりしながら、相手の失敗を願い、自分の心を慰める。
陰渡しにとって、他人の成功は光ではなく、自分の存在を照らし出してしまう明かりなのである。だから光の当たる場所には出てこない。しかし陰に長く潜みすぎたため、いつしか自分が誰の陰にいるのかさえ分からなくなってしまった。
人から見ると、ただ暗く、陰湿で、何を考えているのか分からない。本人だけは、自分を「慎重な人間」だと思っている。それが陰渡しの、最も深いところにある妖怪らしさである。
必ず誰かを介して物事を動かさせ、自分の言葉を持たなくさせる。表に出ないことが安全だと信じ込ませる。一体になれば、自分が何を考えているのか、本人にも分からなくなる。
小物の妖怪は、悪戯好きだと思って可愛がりながら、うまく付き合えばいい。だが大妖怪は違う。絶対に一体になってはならない。