ビチョンセは、サウナ室と水風呂の間の、あの数歩の距離に居着く妖怪である。そこを通る者に、水風呂に入る前の掛け湯を忘れさせる。汗をそのまま持ち込ませることが、この妖怪の唯一の仕事である。取り憑かれた本人には悪気がない。整うことに気を取られ、体を流すというひと手順が、頭から抜け落ちてしまっているだけである。
だが、その一手間を飛ばされた水風呂は、少しずつぬるみ、濁っていく。次に入る者が感じる、あの微妙な温さの中に、ビチョンセはいる。
恐ろしいのは、この妖怪が誰か特定の人間に憑いているわけではないことだ。急いでいる時、疲れている時、考え事をしている時、誰の肩にでも、ふと乗ってくる。
そして、この妖怪に憑かれた者は、サウナーたちから別の名で呼ばれるようになる。「汗流しカットマン」、あるいは「かけず小僧」。どちらも実際に使われている呼び名で、サウナ用語として定着している。つまり人は、ビチョンセに憑かれることで、自分の名前を失い、その行為の名前で呼ばれる存在に変わってしまう。妖怪に取り憑かれるとは、そういうことなのだと思う。
掛け湯の桶を手に取る、その一瞬だけが、ビチョンセを振り落とす機会である。