妖怪図鑑 / 全国区 / 自然由来 / 分類:自然由来

妖霊星ようれいぼし

ようれいぼし
複数確認
この星が見えると、天下が乱れる。北条高時ほうじょうたかときは、それを知らずに踊っていた。

妖霊星ようれいぼしは、天下の乱れる前兆として現れるとされた星。『太平記たいへいき』巻五に記録されている。

鎌倉幕府末期、執権しっけん・北条高時ほうじょうたかときは田楽でんがくに熱中し、政務を顧みず宴を重ねていた。ある夜、高時の館で田楽でんがくの宴が催されていると、どこからともなく異形の者たちが現れ、ともに舞い始めた。その者たちが歌った囃子はやしの詞が「天王寺の妖霊星ようれいぼしを見ばや」であった。

女房にょうぼうが障子の隙間から覗くと、舞っていたのは人ではなく、烏天狗や山伏やまぶしのような異形の姿をしていたという。騒ぎを聞いて人が駆けつけると、その姿は消え、後には鳥の足跡のようなものだけが残っていた。

天王寺の妖霊星ようれいぼしとは、四天王寺してんのうじに現れるという凶兆きょうちょうの星を指す。この星が見えれば天下は乱れる。異形の者たちは、鎌倉幕府の滅亡を予告しに来たことになる。実際、この数年後に幕府は倒れ、高時は自害した。

『太平記たいへいき』は南北朝期の軍記物語で、史実と伝承が混ざっている。この場面も、幕府滅亡という結果から遡って作られた挿話である可能性が高い。ただ、星に凶兆きょうちょうを読み取るという発想そのものは、当時の人々の世界観をよく表している。

妖怪としての姿を持たず、ただ「見えると悪いことが起きる星」としてだけ存在する。何かが起こる前の、説明のつかない不安。それに名前を与えたのが妖霊星ようれいぼしなのだと思う。

おまけ(台帳データ)
伝承地
天王寺(大阪市・四天王寺してんのうじ)に現れるとされた。記録の舞台は鎌倉
別名・異名
妖星、凶星と呼ばれることもある
時代
鎌倉時代末期(1330年代)の出来事として語られる。『太平記たいへいき』の成立は南北朝期
動物との関係
特に確認できていない
類似・関連妖怪
件(いずれも凶事を予告する存在)
学術的解釈
星に凶兆きょうちょうを読む考え方は中国の天文思想に由来する。『太平記たいへいき』の記述は、幕府滅亡という結果から構成された可能性が指摘される
柳田國男やなぎたくにおの見解
この妖怪について具体的に言及した記述は確認できていない
小松和彦こまつかずひこの見解
この妖怪について具体的に言及した記述は確認できていない
現代文化
能や歌舞伎で『太平記たいへいき』が題材にされる際、この場面が取り上げられることがある
伝承の現況
四天王寺してんのうじは現在も大阪市天王寺区にあり、参拝できる