妖霊星は、天下の乱れる前兆として現れるとされた星。『太平記』巻五に記録されている。
鎌倉幕府末期、執権・北条高時は田楽に熱中し、政務を顧みず宴を重ねていた。ある夜、高時の館で田楽の宴が催されていると、どこからともなく異形の者たちが現れ、ともに舞い始めた。その者たちが歌った囃子の詞が「天王寺の妖霊星を見ばや」であった。
女房が障子の隙間から覗くと、舞っていたのは人ではなく、烏天狗や山伏のような異形の姿をしていたという。騒ぎを聞いて人が駆けつけると、その姿は消え、後には鳥の足跡のようなものだけが残っていた。
天王寺の妖霊星とは、四天王寺に現れるという凶兆の星を指す。この星が見えれば天下は乱れる。異形の者たちは、鎌倉幕府の滅亡を予告しに来たことになる。実際、この数年後に幕府は倒れ、高時は自害した。
『太平記』は南北朝期の軍記物語で、史実と伝承が混ざっている。この場面も、幕府滅亡という結果から遡って作られた挿話である可能性が高い。ただ、星に凶兆を読み取るという発想そのものは、当時の人々の世界観をよく表している。
妖怪としての姿を持たず、ただ「見えると悪いことが起きる星」としてだけ存在する。何かが起こる前の、説明のつかない不安。それに名前を与えたのが妖霊星なのだと思う。