陰摩羅鬼は、鶴に似た黒い体と灯火のような目を持つ怪鳥で、新しい死体の気が化けたものとされる。直接の原拠は中国宋代の説話集『清尊録』にある話とされ、鄭州の崔嗣復という人物が、寺の宝堂の上で眠っていたところ、鶴に似て黒く目が灯火のような怪鳥に驚かされ、後に寺僧に尋ねると、その堂に数日前まで死者が仮に安置されていたと知る、という筋立てである。この話はほぼそのまま日本にも移され、江戸期の怪談集『太平百物語』には、山城国(現・京都府)の寺で仮置きの死体があった際、居眠りした男が同様の怪鳥に遭うという類話が収められている。鳥山石燕は『今昔画図続百鬼』(1779年)でこれを描き、供養や読経が整わない死体から生じる、寺院の作法の不備を示す教訓的な怪異として位置づけた。