橋姫は、『古今和歌集』(905年)にある「さむしろに衣かたしき今宵もや我をまつらん宇治の橋姫」という詠み人知らずの歌に由来する。この歌の中の橋姫は、宇治で恋人を一人で待つ女性の比喩であり、『源氏物語』宇治十帖にも同様の情緒で引用される、いわば可憐な存在だった。一方、『平家物語』剣巻(異本)では、まったく別の顔を見せる。ある公家の娘が嫉妬に狂い、貴船神社に七日参って生きながら鬼になることを願い、髪を五つに分けて角とし、顔と体を朱と丹で赤く染め、鉄輪を逆さに被って三本足に松明を灯し、宇治川に二十一日間浸かって鬼女になったという。この姿は後の「丑の刻参り」の原型とされる。鬼となった橋姫は、源頼光四天王の一人・渡辺綱と一条戻橋で遭遇し、正体を見破られて腕を斬られたと伝わる。