垢嘗は、風呂場や湯殿に現れ、溜まった垢を舐めるという妖怪。鳥山石燕『画図百鬼夜行』(1776年)に描かれ、ざんばら髪で長い舌を出し、鉤爪を持った子どもほどの姿をしている。石燕以前では、江戸前期の怪談集『古今百物語評判』に「垢ねぶり」として登場し、古い風呂屋や荒れ果てた屋敷に現れると記されている。
この妖怪の役割は、はっきりしている。風呂を掃除させることである。垢を溜めておくと垢嘗が出る、と言われれば、子どもは風呂を洗う。実害を伴わない代わりに、生活の中の具体的な行動を促す。
同じ発想の妖怪は他にもいる。天井の染みを舐める天井嘗、障子の桟を舐める障子舐り。いずれも、掃除の行き届かない場所に現れる。人が面倒に思う場所に、ちょうど妖怪が配置されている。
妖怪の中には、恐怖を与えるためではなく、暮らしの作法を伝えるために作られたものがある。垢嘗はその代表格だと思う。怖がらせて掃除させるという仕組みは、今でもそのまま使えそうである。