礼言虫は、人の口の中に棲み、何か言おうとする一瞬の隙に、先に「ありがとうございます」と言わせてしまう。質問されただけなのに、感謝している。困っているのに、礼を言っている。本人は、言ってから「今、何に礼を言ったのだろう」と一瞬考えるが、会話はもう次に進んでいる。
礼言虫は、言葉が本心より先に出てしまう場所に棲む。相手を敬うためではなく、間を埋めるために、その言葉は使われる。だからこの妖怪に憑かれている間、本当に感謝したい場面が来ても、その言葉はもう軽くなってしまっている。
振り落とす方法は一つ、口を開く前に、ひと呼吸だけ置くことである。その一拍の中で、礼言虫は落ちる。