山梨に伝わる白蔵主は、僧に化けて甥である狐を狩から救おうとした狐の説話。正体を見破られると、静かに姿を消して去っていくという結末が多い。狂言『釣狐』として今も上演され、動物への感情移入を通じた仏教的な戒めの説話として読まれることもある。情に厚い狐として、むしろ好意的に語られる話型だと思う。