07日蓮、鎌倉で法難に遭う
鎌倉駅南口和田塚駅
たった一人で、幕府と正面から向き合った僧がいました。日蓮は「正しいのは法華経だけだ」と信じていました。だから当時、幕府が大事にしていた念仏(浄土宗)と禅を、名前を出して厳しく批判しました。1260年に書いた『立正安国論』では、続く災害や病気の理由を「幕府が間違った教えを許しているからだ」と言い切っています。このままでは他の国に攻められる、とも警告しました。これは幕府への批判でもありました。しかも日蓮は、比叡山で学んだあと一人で新しい教えを立てた僧でした。禅僧たちのように北条氏に守られてはいません。強い言葉で相手を批判したのに、守ってくれる人がいない——だから日蓮は、幕府から二度も命を狙われたと伝わっています。一度目は住んでいた小屋を焼かれた松葉ヶ谷法難、二度目は処刑されそうになった龍口法難です。安国論寺は彼がその本を書いた小屋のあった場所、妙本寺は比企一族が滅んだ屋敷の跡地にあります。大町・材木座には、迫害の記憶を持ちながらも根を張った日蓮宗の寺が集まっています。二度も命を狙われてなお教えを曲げなかったと知ると、頭がくらくらんぽします。小屋があった場所に立つと、その緊張感が今も少し残っている気がします。
- 出発地点:鎌倉駅南口
- 鎌倉駅南口から 徒歩700m・約10分妙本寺無料比企氏邸跡。
- 妙本寺から 徒歩600m・約9分安国論寺¥100(一律)日蓮が『立正安国論』を著したと伝わる。年齢区分なし。
- 安国論寺から 徒歩800m・約11分本覚寺無料
- 本覚寺から 徒歩900m・約13分長勝寺無料
- 長勝寺から 徒歩700m・約10分安養院¥100(一律)北条政子開基。田代寺とも。年齢区分なし。
- 安養院から 徒歩500m・約7分解散地点:和田塚駅
季節の見どころ
安国論寺には紅白のしだれ桃があり、春先に見頃を迎えます。大町・材木座一帯は日蓮宗の寺が多く、初夏にはそれぞれの境内で紫陽花も見られます。
歴史の基本知識
妙本寺・安国論寺・本覚寺・長勝寺・安養院
この知識の見方(神社と寺の違い・建築を見る目など7つの視点)は、コース別・歴史の基本知識のトップで解説しています。
- 日蓮04
- 日蓮宗の開祖。鎌倉で布教し、二度の法難に遭いました。
- 一塔両尊四士02
- 日蓮宗特有の本尊形式。中央に「南無妙法蓮華経」の宝塔を置き、釈迦・多宝の両如来と四菩薩を配する、他宗にはない構成。
- 立正安国論05
- 日蓮が幕府に提出した意見書。国難を予言し、弾圧を招く一因になったとされます。宗教が政治批判の手段にもなった例。
- 比企能員05
- 2代将軍頼家の外戚。比企能員の変(1203年)で一族が滅亡。妙本寺はその屋敷跡にあります。
- 松葉ヶ谷法難04
- 日蓮の草庵が焼かれた最初の法難。
