歴史の基本知識
コースに出てくる「年代」や「時代区分」を読むための、いちばん大きな骨格です。
- 鎌倉幕府の成立(1180年前後)
- 1180年、源頼朝が鎌倉に本拠を構えたことで、武家政権が実質的に始まります。頼朝が征夷大将軍に任じられた1192年を成立の年とする説が長く一般的でしたが、近年は実質的な支配の仕組みが整った1180年代前半を成立とみる説も有力です。成立の年は、一つに決まっているわけではありません。
- 執権政治
- 頼朝の死後、将軍を補佐する「執権」の地位にあった北条氏が、実質的な権力を握った体制です。初代の北条時政以降、歴代の執権はすべて北条氏から出ています。将軍は、しだいに名目だけの存在になっていきました。
- 承久の乱(1221年)
- 後鳥羽上皇が幕府を倒そうとして起こした戦いです。幕府方が勝ち、京都に六波羅探題を置いて朝廷への統制を強めました。この乱を境に、幕府の力は西国にも及ぶようになります。
- 元寇(1274年・1281年)
- 文永の役(1274年)と弘安の役(1281年)、二度にわたる蒙古襲来です。軍事的には撃退しましたが、恩賞を十分に与えられなかった御家人の不満が積もり、幕府が衰える一因になったとされます。円覚寺は、この戦いの戦没者を弔うために建てられました。
- 鎌倉幕府の滅亡(1333年)
- 後醍醐天皇の呼びかけに応じて、新田義貞・足利尊氏らが兵を挙げました。新田軍が鎌倉に攻め入り、北条高時ら北条氏一門は東勝寺で自刃します。約150年続いた鎌倉幕府は、ここで終わりました。
- 建武の新政と南北朝(1333〜1392年)
- 幕府の滅亡後、後醍醐天皇による建武の新政が始まりますが、武士たちの支持を得られず、短い期間で崩れました。足利尊氏が離反して室町幕府を開き、後醍醐天皇は吉野に逃れて南朝を立てます。こうして、京都の北朝と並び立つ南北朝時代に入りました。
- 鎌倉府と鎌倉公方
- 室町幕府は関東を治めるために鎌倉府を置き、足利氏の一門を「鎌倉公方」として鎌倉に常駐させました。政治の中心は京都に移りましたが、鎌倉は関東を治める拠点として、引き続き重要な土地でした。
- 玉縄北条氏(戦国期)と鎌倉北条氏の違い
- 鎌倉時代の執権北条氏とは血筋のつながらない、伊勢氏を出自とする戦国大名「後北条氏」の一族です。北条早雲の子・氏時が玉縄城主となり、以後は玉縄北条氏として鎌倉の近郊を支配しました。同じ「北条」でも別の家なので、注意が必要です。このサイトのコース説明でも、二つを区別して書いています。
地形・地理
鎌倉の地形そのものが、社寺の配置と歴史を決めています。
- 切通(きりどおし)
- 鎌倉は、三方を山に、一方を海に囲まれた要塞のような都市です。外との行き来のために山を切り開いてつくった道を、こう呼びます。朝夷奈切通・名越切通・化粧坂切通・亀ヶ谷坂切通・大仏切通・極楽寺坂切通・巨福呂坂切通などがあり、まとめて「鎌倉七切通」と呼ばれることがよくあります。亀ヶ谷坂切通の位置
- 谷戸(やと)
- 三方を山に囲まれた、袋のような形の小さな谷です。鎌倉の寺の多くは、この谷戸の奥まった場所に建てられています。同じ「北鎌倉」でも寺ごとに入っている谷戸が違うため、隣り合って見えても、実際には山越えが必要な場合があります。
- やぐら
- 鎌倉特有の、岩肌に横穴を掘ってつくった中世の墓所・納骨堂です。北鎌倉や長谷の寺の裏山などに、今も数百基単位で残っています。明月院やぐらは、鎌倉で最大の規模とされます。
- 鎌倉石
- 鎌倉周辺でとれる、加工しやすい軟らかな砂岩です。切通の岩壁や石段、寺の基礎などに広く使われてきましたが、風化しやすく、苔がつきやすい性質もあります。杉本寺や覚園寺の苔むした石段も、この石の性質によるものです。
寺社・仏教用語
コースの説明で、断りなく使っている言葉です。
- 開山・開基
- 「開山」は寺を実際に開いた僧、「開基」は建立のための土地や資金を出した人(多くは武家)を指します。両者は別人であることが多く、たとえば建長寺は、蘭渓道隆が開山、北条時頼が開基です。
- 塔頭(たっちゅう)
- 大寺院の敷地内にある、開山や歴代住職の墓を守るための小さな寺院です。円覚寺には塔頭が17院、建長寺には10院前後が残っていますが、大半は非公開で、ふだんは本寺を拝観しながら外から眺めるだけになります。
- 鎌倉五山
- 建長寺・円覚寺・寿福寺・浄智寺・浄妙寺の5つです。臨済宗の寺の格を序列にした制度で、北条氏が中国の制度にならって定めたとされます。
- 関東十刹(かんとうじっさつ)
- 五山に次ぐ格式とされた10の禅寺です。大慶寺などがこれに数えられます。報国寺は、これより一段下の「諸山」という寺格にあたります(誤って十刹と紹介される例があるため、注記しておきます)。
- 志納(しのう)
- 決まった拝観料を設けず、参拝する人が気持ちとして納める形式です。「無料」と書かれていても、志納箱が置かれている場合があります。
- 単立(たんりつ)
- 特定の宗派の本山の傘下に入らず、独立した宗教法人として運営される寺院です。長谷寺がこれにあたります(浄土宗の流れをくみます)。大仏で知られる高徳院は、浄土宗の寺です。
巡礼・霊場
鎌倉市観光協会が公式に案内している、巡礼コースの単位です。
- 鎌倉三十三観音霊場
- 観音菩薩を祀る33の寺をめぐる巡礼路で、杉本寺が第一番です。
- 鎌倉二十四地蔵
- 地蔵菩薩を祀る24の場所をめぐる巡礼路です。建長寺の心平地蔵・済田地蔵などが含まれます。
- 鎌倉・江の島七福神
- 七福神を祀る7つの社寺をめぐる巡礼路です。浄智寺・宝戒寺・妙隆寺などが含まれます。
- 坂東三十三観音霊場
- 関東一円に広がる、より大きな観音の巡礼路です。杉本寺は、こちらの第一番札所も兼ねています。
- 鎌倉十井(じっせい)
- 水質の良さで知られた、鎌倉に残る10の古井戸です。海蔵寺の十六井戸・底脱ノ井、浄智寺の甘露ノ井などが含まれます。
参拝の実務
当日に困らないための、細かいけれど実用的な情報です。
- 拝観料の年齢区分
- 「大人」は高校生以上を指すことが多いものの、寺によって基準が異なります(中学生から大人料金の寺もあります)。このサイトでは、寺ごとの表記のまま載せています。
- 拝観時間
- 多くの寺は、16時前後で受付を終えます。16時半に着いても入れないことが多いので、最後の1〜2寺は時間に余裕をもって訪ねてください。
- 御朱印
- 参拝の証としていただく印で、多くの寺で300円前後です。書き置き(すでに書かれた紙を受け取る形式)だけの寺も増えています。
- 喪中・月曜休み
- 安国論寺など、月曜を定休日とする寺があります(祝日は開門)。事前に確認してください。
交通・エリアの基本
駅名と方角だけ押さえておくと、コース選びが早くなります。
- 鎌倉駅 東口・西口
- 東口は鶴岡八幡宮・小町通り・若宮大路の方面、西口は銭洗弁財天・佐助稲荷・寿福寺の方面です。同じ「鎌倉駅」でも、出口を間違えると15分以上のロスになります。鎌倉駅の位置
- 北鎌倉駅
- 円覚寺・建長寺・明月院・東慶寺・浄智寺など、禅寺が集まるエリアの起点です。北鎌倉駅の位置
- 江ノ電(江ノ島電鉄)
- 鎌倉駅から長谷・極楽寺・稲村ヶ崎・七里ヶ浜・腰越・江ノ島の方面へ向かう、単線の私鉄です。本数が少なく単線のため、休日は行き違いの待ち合わせで遅れることがあります。長谷駅の位置
- 金沢街道(六浦路)
- 鎌倉駅東口から浄妙寺・報国寺・十二所の方面へ延びる旧道です。バスを使うのが基本で、歩くと鎌倉駅から30分ほどかかります。
- 大船駅・湘南深沢駅
- 常楽寺・龍宝寺・大船観音寺や、深沢エリアの寺社への起点です。旧市街からは離れますが、玉縄北条氏の歴史を歩くなら、ここが起点になります。大船駅の位置
