鎌・くらんぽ
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散歩前に、5分だけ

歩く前の基礎知識

「切通きりどおし」「谷戸やと」「鎌倉五山」。コースの説明には、こうした言葉が断りなく出てきます。歩く前に知っておくと社寺の見え方が変わる言葉を、ここにまとめました。場所の分かる言葉には、Google Mapsへのリンクも付けています。歩きながら迷ったら、いつでもここに戻ってきてください。

写真帖『日本名勝旧蹟産業写真集 関東地方之部 新訂』に載った「鎌倉建長寺けんちょうじ」です。建長寺は、鎌倉五山の第一位の寺です。国立国会図書館所蔵。出典:国立国会図書館「錦絵と写真でめぐる日本の名所」。国立国会図書館デジタルコレクションで見る

歴史の基本知識

コースに出てくる「年代」や「時代区分」を読むための、いちばん大きな骨格です。

鎌倉幕府の成立(1180年前後)
1180年、源頼朝みなもとのよりともが鎌倉に本拠を構えたことで、武家政権が実質的に始まります。頼朝が征夷大将軍に任じられた1192年を成立の年とする説が長く一般的でしたが、近年は実質的な支配の仕組みが整った1180年代前半を成立とみる説も有力です。成立の年は、一つに決まっているわけではありません。
執権しっけん政治
頼朝の死後、将軍を補佐する「執権しっけん」の地位にあった北条氏が、実質的な権力を握った体制です。初代の北条時政ほうじょうときまさ以降、歴代の執権しっけんはすべて北条氏から出ています。将軍は、しだいに名目だけの存在になっていきました。
承久の乱じょうきゅうのらん(1221年)
後鳥羽上皇ごとばじょうこうが幕府を倒そうとして起こした戦いです。幕府方が勝ち、京都に六波羅探題を置いて朝廷への統制を強めました。この乱を境に、幕府の力は西国にも及ぶようになります。
元寇げんこう(1274年・1281年)
文永の役ぶんえいのえき(1274年)と弘安の役こうあんのえき(1281年)、二度にわたる蒙古襲来もうこしゅうらいです。軍事的には撃退しましたが、恩賞を十分に与えられなかった御家人ごけにんの不満が積もり、幕府が衰える一因になったとされます。円覚寺えんがくじは、この戦いの戦没者を弔うために建てられました。
鎌倉幕府の滅亡(1333年)
後醍醐天皇ごだいごてんのうの呼びかけに応じて、新田義貞にったよしさだ・足利尊氏あしかがたかうじらが兵を挙げました。新田軍が鎌倉に攻め入り、北条高時ほうじょうたかときら北条氏一門は東勝寺とうしょうじで自刃します。約150年続いた鎌倉幕府は、ここで終わりました。
建武の新政けんむのしんせいと南北朝なんぼくちょう(1333〜1392年)
幕府の滅亡後、後醍醐天皇ごだいごてんのうによる建武の新政けんむのしんせいが始まりますが、武士たちの支持を得られず、短い期間で崩れました。足利尊氏あしかがたかうじが離反して室町幕府を開き、後醍醐天皇ごだいごてんのうは吉野に逃れて南朝を立てます。こうして、京都の北朝と並び立つ南北朝なんぼくちょう時代に入りました。
鎌倉府かまくらふと鎌倉公方かまくらくぼう
室町幕府は関東を治めるために鎌倉府かまくらふを置き、足利氏の一門を「鎌倉公方かまくらくぼう」として鎌倉に常駐させました。政治の中心は京都に移りましたが、鎌倉は関東を治める拠点として、引き続き重要な土地でした。
玉縄たまなわ北条氏(戦国期)と鎌倉北条氏の違い
鎌倉時代の執権しっけん北条氏とは血筋のつながらない、伊勢氏を出自とする戦国大名「後北条氏ごほうじょうし」の一族です。北条早雲ほうじょうそううんの子・氏時が玉縄城主となり、以後は玉縄北条氏として鎌倉の近郊を支配しました。同じ「北条」でも別の家なので、注意が必要です。このサイトのコース説明でも、二つを区別して書いています。

地形・地理

鎌倉の地形そのものが、社寺の配置と歴史を決めています。

切通きりどおし(きりどおし)
鎌倉は、三方を山に、一方を海に囲まれた要塞のような都市です。外との行き来のために山を切り開いてつくった道を、こう呼びます。朝夷奈あさいな切通・名越なごえ切通・化粧坂けわいざか切通・亀ヶ谷坂かめがやつざか切通・大仏切通きりどおし・極楽寺坂ごくらくじざか切通きりどおし・巨福呂坂こぶくろざか切通などがあり、まとめて「鎌倉七切通きりどおし」と呼ばれることがよくあります。亀ヶ谷坂切通きりどおしの位置
谷戸やと(やと)
三方を山に囲まれた、袋のような形の小さな谷です。鎌倉の寺の多くは、この谷戸やとの奥まった場所に建てられています。同じ「北鎌倉」でも寺ごとに入っている谷戸やとが違うため、隣り合って見えても、実際には山越えが必要な場合があります。
やぐら
鎌倉特有の、岩肌に横穴を掘ってつくった中世の墓所・納骨堂です。北鎌倉や長谷はせの寺の裏山などに、今も数百基単位で残っています。明月院めいげついんやぐらは、鎌倉で最大の規模とされます。
鎌倉石
鎌倉周辺でとれる、加工しやすい軟らかな砂岩です。切通きりどおしの岩壁や石段、寺の基礎などに広く使われてきましたが、風化しやすく、苔がつきやすい性質もあります。杉本寺すぎもとでらや覚園寺かくおんじの苔むした石段も、この石の性質によるものです。

寺社・仏教用語

コースの説明で、断りなく使っている言葉です。

開山かいさん・開基かいき
「開山かいさん」は寺を実際に開いた僧、「開基かいき」は建立のための土地や資金を出した人(多くは武家)を指します。両者は別人であることが多く、たとえば建長寺けんちょうじは、蘭渓道隆らんけいどうりゅうが開山かいさん、北条時頼ほうじょうときよりが開基かいきです。
塔頭たっちゅう(たっちゅう)
大寺院の敷地内にある、開山かいさんや歴代住職の墓を守るための小さな寺院です。円覚寺には塔頭たっちゅうが17院、建長寺には10院前後が残っていますが、大半は非公開で、ふだんは本寺を拝観しながら外から眺めるだけになります。
鎌倉五山
建長寺・円覚寺・寿福寺じゅふくじ・浄智寺じょうちじ・浄妙寺じょうみょうじの5つです。臨済宗りんざいしゅうの寺の格を序列にした制度で、北条氏が中国の制度にならって定めたとされます。
関東十刹かんとうじっさつ(かんとうじっさつ)
五山に次ぐ格式とされた10の禅寺です。大慶寺だいけいじなどがこれに数えられます。報国寺ほうこくじは、これより一段下の「諸山しょさん」という寺格にあたります(誤って十刹と紹介される例があるため、注記しておきます)。
志納しのう(しのう)
決まった拝観料を設けず、参拝する人が気持ちとして納める形式です。「無料」と書かれていても、志納しのう箱が置かれている場合があります。
単立たんりつ(たんりつ)
特定の宗派の本山の傘下に入らず、独立した宗教法人として運営される寺院です。長谷寺はせでらがこれにあたります(浄土宗の流れをくみます)。大仏で知られる高徳院こうとくいんは、浄土宗の寺です。

巡礼・霊場

鎌倉市観光協会が公式に案内している、巡礼コースの単位です。

鎌倉三十三観音霊場
観音菩薩を祀る33の寺をめぐる巡礼路で、杉本寺が第一番です。
鎌倉二十四地蔵
地蔵菩薩じぞうぼさつを祀る24の場所をめぐる巡礼路です。建長寺の心平地蔵・済田地蔵などが含まれます。
鎌倉・江の島えのしま七福神
七福神を祀る7つの社寺をめぐる巡礼路です。浄智寺・宝戒寺ほうかいじ・妙隆寺みょうりゅうじなどが含まれます。
坂東三十三観音霊場
関東一円に広がる、より大きな観音の巡礼路です。杉本寺は、こちらの第一番札所も兼ねています。
鎌倉十井(じっせい)
水質の良さで知られた、鎌倉に残る10の古井戸です。海蔵寺かいぞうじの十六井戸・底脱ノ井、浄智寺の甘露ノ井などが含まれます。

参拝の実務

当日に困らないための、細かいけれど実用的な情報です。

拝観料の年齢区分
「大人」は高校生以上を指すことが多いものの、寺によって基準が異なります(中学生から大人料金の寺もあります)。このサイトでは、寺ごとの表記のまま載せています。
拝観時間
多くの寺は、16時前後で受付を終えます。16時半に着いても入れないことが多いので、最後の1〜2寺は時間に余裕をもって訪ねてください。
御朱印
参拝の証としていただく印で、多くの寺で300円前後です。書き置き(すでに書かれた紙を受け取る形式)だけの寺も増えています。
喪中・月曜休み
安国論寺あんこくろんじなど、月曜を定休日とする寺があります(祝日は開門)。事前に確認してください。

交通・エリアの基本

駅名と方角だけ押さえておくと、コース選びが早くなります。

鎌倉駅 東口・西口
東口は鶴岡八幡宮つるがおかはちまんぐう・小町こまち通り・若宮大路わかみやおおじの方面、西口は銭洗弁財天ぜにあらいべんざいてん・佐助さすけ稲荷・寿福寺の方面です。同じ「鎌倉駅」でも、出口を間違えると15分以上のロスになります。鎌倉駅の位置
北鎌倉駅
円覚寺・建長寺・明月院・東慶寺とうけいじ・浄智寺など、禅寺が集まるエリアの起点です。北鎌倉駅の位置
江ノ電(江ノ島えのしま電鉄)
鎌倉駅から長谷・極楽寺ごくらくじ・稲村ヶ崎いなむらがさき・七里ヶ浜しちりがはま・腰越こしごえ・江ノ島の方面へ向かう、単線の私鉄です。本数が少なく単線のため、休日は行き違いの待ち合わせで遅れることがあります。長谷駅の位置
金沢街道かなざわかいどう(六浦むつら路)
鎌倉駅東口から浄妙寺・報国寺・十二所じゅうにその方面へ延びる旧道です。バスを使うのが基本で、歩くと鎌倉駅から30分ほどかかります。
大船おおふな駅・湘南深沢しょうなんふかさわ駅
常楽寺じょうらくじ・龍宝寺りゅうほうじ・大船観音寺おおふなかんのんじや、深沢ふかさわエリアの寺社への起点です。旧市街からは離れますが、玉縄北条氏の歴史を歩くなら、ここが起点になります。大船駅の位置
企画・編集・デザイン・制作・文責:クランポック

最終更新:2026年9月25日